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アートへの招待33 「本」に関するアートの“三題噺”

文化ジャーナリスト 白鳥正夫

アートの世界は、深く広い。今回は「本」に関するアートの“三題噺”を取り上げる。まず「2023イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」(ボローニャ展)は、西宮市大谷記念美術館で1978 年から毎年恒例の展覧会として、今年は10月9日まで開催している。2つ目が和歌山県立近代美術館で今月24日まで開いているコレクション展2023-夏秋 特集「本のために―大家利夫の仕事」だ。そして3つ目が姫路市在住の現代美術家・山本雅也の長年の夢であったという『山本雅也50年の軌跡』の出版である。いずれも美術館や作家の地道な活動が実を結んだものといえよう。

西宮市大谷記念美術館の「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」

60年の節目、世界中から4345組の応募

世界で唯一の子どもの本専門の国際見本市「ボローニャ・チルドレンズ・ブックフェア」は、イタリア北部の古都ボローニャで1964年から始まり、今年60回目を迎えた。現在では児童書の新たな企画を生み出す場として、出版社や作家をはじめ、児童書にかかわる人たちの注目を集めている。

このフェアに合わせ毎年、絵本原画のコンクールが行われており、世界各地から多くのイラストレーターが作品を応募している。5点1組のイラストを用意すれば、応募できる公募展で、国籍の異なる5人の審査員は毎年入れ替わり、すでに絵本として発表された作品も未発表のものも審査対象とされるため、新人作家の登竜門となっている。

コロナ禍以降 2021 年からコンクールはオンラインでの応募となり、今年は過去最多の 91 カ国・地域から4345 組の応募があった。その中から、日本人 5 人を含む 27 カ国・地域の 79 作家が入選を果たした。本展では全入選作品を展示している。

入選作の他にも、特別展示としてSM出版賞を受賞したアンドレス・ロペス(2022年受賞/第12回)の作品も展示している。なお日本では板橋区立美術館(東京都)からスタートし、西宮に続き石川県七尾美術館に巡回する。

今年の入選79作家のうち、日本からは、応募名で、あお木たかこ、木村友美、さぶさちえ、スズキトモコ、寺澤智恵子の女性ばかり5名が入選している。

展示室は大小4室があり、入選作品が所狭しと並んでいる。応募規定によって一つのタイトル作品は、ストーリーのある5点から成り立っていて、展示数は5倍になる。

それぞれの作品には、作者名と国籍、タイトル、5点のそれぞれの題名や内容が記載されている。いくつかの作品を画像とともに紹介する。5点構成の中の1点だが、 現在、戦争中のウクライナからユリヤ・ツヴェリチナの《戦争日記》も出品されている。

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ユリヤ・ツヴェリチナ(ウクライナ)《戦争日記》

このほか、マルク・マジュスキ(フランス)の《チョウチョウくん》をはじめ、アンナ・アパリシオ・カタラ(スペイン)の《ルンバねこ》、寺澤智恵子(日本)の《まいにちの、すてきないろいろ》、エンマ・アーケルマン(スウェーデン)の《イッゴとキュウリくん》、キム・スンヨン(韓国)の《帽子の森》、スズキトモコ(日本)の《さあ、おうちにかえろう。》、ゴールデン・コスモス(ドイツ)の《ルートヴィッヒとサイ》、さぶさちえ(日本)の《いつもとちがった日》など、動物の表情や仕草を巧みに描きこんだ作品が目立つ。</p

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マルク・マジュスキ(フランス)《チョウチョウくん》

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アンナ・アパリシオ・カタラ(スペイン)《ルンバねこ》

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寺澤智恵子(日本)《まいにちの、すてきないろいろ》

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エンマ・アーケルマン(スウェーデン)《イッゴとキュウリくん》

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キム・スンヨン(韓国)《帽子の森》

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スズキトモコ(日本)《さあ、おうちにかえろう。》

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ゴールデン・コスモス(ドイツ)《ルートヴィッヒとサイ》

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さぶさちえ(日本)《いつもとちがった日》

会場では、手などで触り、触覚を活用して観察する触察パネルの展示もあり、注目される。2020 年のボローニャ展では、入選作品の中から数点を木製の触察パネルにして、視覚に障がいのある方にも作品を触覚で鑑賞していただく企画を行っているが、西宮市大谷記念美術館では2020 年のボローニャ展は新型コロナウイルス感染症拡大影響により中止しており、今回が初の試みとなった。

入選作品のうち5点(各作品についき 1 場面ずつ)の触察パネを制作している。イラストレーションを触察図にするためには、複雑な絵柄を整理するなどの改変(翻訳)が必要。視覚に障がいがある方も楽しめる鑑賞プログラムの開発に取り組んでいる、ローマ市立パラエキスポ美術館の教育普及部の技術協力のもと、パネルの制作が実現した。

展示品一つに、アリス・コルブ(スイス)の《どうぶつパレード》がある。触察パネルと比較してみていただきたい。触察パネルは、普段絵を視て鑑賞している人たちも、作品の別の魅力や、触るという行為の豊かさに気づかせてくれる。イラストレーションを触って「視る」という新たな鑑賞のあり方を、多くの鑑賞者に体験していただける機会でもある。

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アリス・コルブ(スイス)《どうぶつパレード》

ボローニャ国際絵本原画展審査リポート2023には、「この展覧会に世界中から4000人以上ものイラストレーターが作品を応募すること自体が素晴らしいのです。(中略)ボローニャ展は、まさにアートを楽しみ、祝福する祭典なのです」と締めくくっている。

和歌山県立近代美術館のコレクション展2023-夏秋 特集「本のために―大家利夫の仕事」

本のため挑戦続けて完成の特装本など展示

和歌山県立近代美術館については、当サイト「アートへの招待7」に、特別展「和歌山の近現代美術の精華」(2021年10月21日~12月19日)取り上げ、美術館の沿革なども詳述している。公立近代美術館として日本で5番目の歴史を持ち、コレクションは和歌山ゆかりの作家を中心として、創作版画、関西の戦後美術などへ範囲を広げ、現在では海外の作家も含め、総数1万点を超える作品を収蔵している。季節ごとに展示を替え、幅広い美術の表現に接していただけるようコレクション展では、所蔵品を通じ て幅広い美術の表現を随時展示し、活動を続けている。

今回は特集展示として、造本家・大家利夫(おおいえ・としお)の作品を紹介している。大家利夫は 1949 年、東京に生まれる。15 歳の頃から限定本の世界に惹かれるようになり、18 歳の時、オペラ歌手 藤原義江を訪ねて同氏の著作『きりすとの涙』の個人出版を実現させたのが本作りの始まりという。

その後、1970年に渡仏し、1971年から1974年にかけてフランス国立エスティエンヌ印刷工芸高等学院で、フランスの伝統工芸である箔押と手工製本(ルリュール)、工業製本全般を学ぶ。

在学中からフリーの箔押師として仕事を始め、製本工芸の名品を生み出したことで知られるジベール・バレ・デザイン事務所やデルモン・デュバル工房で働いて研鑽を積む。

帰国して、1974 年に大家利夫美術装丁工房を設立。1984年にはあらたに指月社(しげつしゃ)を設立し、詩人や翻訳者、研究者、そして柄澤齊、スザンヌ・トライス ター、山本容子、渡辺和雄、森村泰昌、O Jun といった美術家やデザイナーたちの良き理解者・協力者として伴走しつつ、内容、材料、印刷、製本、頒布のすべてに心血を注ぐ、世界でもほかに類をみない個人出版社となる。

その完成度を極めた仕事は高く評価され、2012 年にはロサンゼルス・カウンティ美術館で個展が開催されている。日本の工芸への造詣を深め、あたかも茶碗を手にした時のようなふっくらとした手触りも、大家作品の特色といえる。本のために、挑戦を続けて完成された、作品としての本が数多く生まれた。

主な大家利夫作品(すべて和歌山県立近代美術館蔵)を画像とともに掲載する。石川淳著『插繪本 紫苑物語』特装本[O Jun 絵](2005年)ほか、気谷誠著『メリヨンの小さな橋』特装本[柄澤齊 巻頭画](1986年)、白石かずこ詩『羊たちの午后』特装本[スザンヌ・トライスター 画](1998年)、ポール・ヴァレリー著、小宮正弘訳『書物の容姿』特装本[柄澤齊 装画](1999年)、ポール・ボネ著、小宮正弘訳『書物装飾・私観』特装本[渡辺和雄 装画](2002年)、ポオル・ヴアレリイ著『海邊の墓地』[清水洋子 挿画](2004年)、ジョン・ソルト著、田口哲也監訳『北園克衛の詩と詩学 意味のタペストリーを細断[シュレッド]する』特装本(2017年)などが出品されている。

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大家利夫 石川淳著『插繪本 紫苑物語』特装本[O Jun 絵](2005年)

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大家利夫 気谷誠著『メリヨンの小さな橋』特装本[柄澤齊 巻頭画](1986年)

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大家利夫 白石かずこ詩『羊たちの午后』特装本[スザンヌ・トライスター 画](1998年)

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大家利夫 ポール・ヴァレリー著、小宮正弘訳『書物の容姿』特装本[柄澤齊 装画](1999年)

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大家利夫 小宮正弘訳『書物装飾・私観』特装本[渡辺和雄 装画](2002年)

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大家利夫 ポオル・ヴアレリイ著『海邊の墓地』[清水洋子 挿画](2004年)

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大家利夫 ジョン・ソルト著、田口哲也監訳『北園克衛の詩と詩学 意味のタペストリーを細断[シュレッド]する』特装本(2017年)

一方、今年2~4月にかけて開催した「とびたつとき 池田満寿夫とデモクラートの作家」展において、1950 年代から60 年代にかけての彼らの作品を紹介したのに続き、池田満寿夫の1960 年代から80年代の作品を広島市現代美術館の協力により特集している。

『山本雅也50年の軌跡』の出版

半世紀の集大成、多様な表現世界を展開

現代美術家の山本雅也とは、何年か前、大阪の老舗画廊の山木美術で初めてお会いした。その時は、版画家の坪田政彦も同席していた。坪田とは、20年来の親交があり、個展にも顔をのぞかせていたが、山本のことは知らなかった。美術のことより世間話に終始した。その山本から一冊の作品集(A4判)が贈られてきた。挨拶状に「子供の頃から絵を描くことが好きで、ずっとやり続けたことが出版に繋がったと思っています」とある。ページを繰ってみると、半世紀にわたる作品の数々。いずれも独自の視座による抽象表現の世界。洗練された山本作品に感動すら覚えた。

山本雅也は1954年、兵庫県赤穂市に生まれる。現在は坪田の出身地、姫路市に在住する。幼少期から絵が好きで絵画教室に通った。高校卒業後、大手電機メーカーの製図・設計技術職に就職するも、絵画への道は念頭から離れず、1973年に具体美術協会に所属していた小野田實(1937-2008)の絵画教室に入門する。前衛画家の小野田に師事したことが、山本の本格的な現代美術家へのスタートとなる。

具体は1972年に解散していたが、小野田は姫路の地で引き継ぐべくネオ・アート協会を立ち上げていた。その第一回展が神戸で開かれ、同門先輩らの抽象表現を目にした山本は、それまでの具象から抽象に目覚めたのだった。その後、ネオ・アート展を中心に、各地で開催される美術展に積極的に出展する。グループ展や個展も8回を数える。この間、姫路市美術展で市長賞を受賞するなど着実に実績を積み、新たな表現を求め挑戦を続けてきた。

小野田は、山本ら門下生に描画方法など直接指導せず、作品を評定した。山本の最初の個展(1985年)に、「山本君は平面の仕事を独自に追求し、画面のある一部分の形の上に、厚みを持たせたキャンパスを全く同じ形で貼り重ねるという二重の仕掛けで、平面をより意識させその質を高めている。さらにのびやかなスペースの広がりと、余白の遊びとも呼ぶべき造形世界を明快な色面で現出させている」との文章を寄せている。

山本には、もう一つの特技がある。26歳の時、職場の先輩でもあった写真家の関本寿男(1940-1993)の勧めでカメラを始めてからは「絵と写真の二刀流」を続けている。写真は抽象表現の絵画と異なり、人物描写に主眼を置き、祭りや人々の暮らしなどをモチーフに撮っている。一度、絵画と写真の同時に展示する個展も開いている。

56歳で退職した山本は、創作活動に専念できることになった。とはいっても、現在姫路美術協会の運営委員長や全日本写真連盟関西本部委員・兵庫県本部副委員長などの要職もこなす。しかし制作活動に没頭し、「筆を使って何度も塗り込み、塗り重ねていく作業が至福のひととき」と話す。

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制作に打ち込む山本雅也(2023年6月、アトリエで)

さて作品集に戻るが、山本独自のこだわりで、9つのカテゴリで仕分けられている。山本が選んだ代表作を画像と合わせ掲載する。「線と色調」では《作品XI》(1977年)と《作品XXXXXVI》(1987年)、「色板」に《かたち》(1982年)、掲載作品はないが「アルミ線」がある。

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山本雅也《作品XI》(1977年)

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山本雅也《作品XXXXXVI》(1987年)

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山本雅也《かたち》(1982年)

続いて、「モノクロ・宇宙・人体」に《NONOCHROM97》(1997年)、「コラージュ」に《WORK-2008-1》(2008年)、「グラデーション」に《かたち‐2012‐S100‐1》(1977年)、「光の円環」には《WORK-2019-Z》(2019年)、「光のスリット」には《WORK-2015-D》(2015年)、さらに「原生物」に《浮遊する物体》(2019年)など多様な作品が展開されている。

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山本雅也《NONOCHROM97》(1997年)

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山本雅也《WORK-2008-1》(2008年)

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山本雅也《かたち‐2012‐S100‐1》(1977年)

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山本雅也《WORK-2019-Z》(2019年)

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山本雅也《WORK-2015-D》(2015年)

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山本雅也《浮遊する物体》(2019年)

文化ジャーナリスト。ジャーナリズム研究関西の会会員。平山郁夫美術館企画展コーディネーター・民族藝術学会会員。 1944年8月14日生まれ 愛媛県新居浜市出身。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。 著書に『シルクロード 現代日本人列伝』『ベトナム絹絵を蘇らせた日本人』『無常のわかる年代の、あなたへ』『夢追いびとのための不安と決断』『「大人の旅」心得帖』『「文化」は生きる「力」だ!』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』(いずれも東方出版)『アート鑑賞の玉手箱』『アートの舞台裏へ』『アートへの招待状』(いずれも梧桐書院)など多数。