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アートへの招待58 「CREVIA マチュピチュ展」古代文明の芸術や英知を体感

文化ジャーナリスト 白鳥正夫

世界遺産人気ナンバー1との呼び声高いペルーのマチュピチュの歴史保護区。その「マチュピチュ展」が東京・六本木の森アーツセンターギャラリーで、新年3月1日までに開催されている。

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高台から撮ったマチュピチュ遺跡。後方にワイナピチュが聳える

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メインビジュアル©MUSEO LARCO LIMA - PERU

ペルー政府公認の本展覧会は、リマにある世界的に知られた考古学博物館、ラルコ博物館より貸与された、貴重な文化財 約130点を展示。特に、王族の墓から出土した黄金の装飾品や、神殿儀式で用いられた祭具など、国外初公開を含む貴重な展示品を通じて古代アンデス文明の芸術や叡智を間近に体感できる。また、最新技術で再現した没入型空間や、アンデス神話の英雄「アイ・アパエック」の冒険を軸に展開される壮大な物語とともに、来場者をかつてない知的冒険へと誘う。筆者は2010年1月に現地を訪れていて、その時の様子も合わせてリポートする。

13年ぶり、世界巡回し54万人突破、アジア初

2012年の「インカ帝国展」以来、国内では13年ぶりとなるマチュピチュ関連の巡回は、コロナ禍の2021年、アメリカ・ボカラトン美術館での開催を皮切りに、世界各地を巡回し、高い評価を得て、累計来場者数は54万人を突破している。そのアジア初となる日本展であり、注目される。

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イントロシアターでの映像 「CREVIAマチュピチュ展」会場, © NEON Group Limited. All Rights Reserved. / © MUSEO LARCO LIMA - PERU

会場構成は、まず展示の導入となる「イントロシアター」。巨大スクリーンにはアンデスの大自然と天空都市マチュピチュが映し出される。神話の英雄“アイ・アパエック”の登場とともに、展覧会全体のストーリーが幕を開ける。

最初は「アンデス世界」。アンデスの人々が信じていた宇宙観─天空〈ハナン・パチャ〉、現実世界〈カイ・パチャ〉、地下〈ウカ・パチャ〉─という三層に重なる世界構造と、動物の力を借りて異界を自在に行き来するシャーマン(霊的な媒介者)の存在に迫る展示エリア。アンデス独自の世界観と精神文化を体感できる。

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《階段文様と半渦巻きのシンボル》(西暦100-800年、ラルコ博物館所蔵)
(C)©MUSEO LARCO LIMA—PERU

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《シャーマンの変容》(紀元前1250-100年、ラルコ博物館所蔵)
(C)©MUSEO LARCO LIMA—PERU

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奇抜な造形の出土品が並ぶ展示風景 「CREVIAマチュピチュ展」会場, © NEON Group Limited. All Rights Reserved. / © MUSEO LARCO LIMA - PERU

《螺旋状の象徴を配した三角形の階段》(紀元後100-800年、ラルコ博物館所蔵)は、今回の巡回で初めてペルー国外へ出た作品で、貴重な鑑賞機会となる。《シャーマンの変容》(紀元前1250-100年、ラルコ博物館所蔵)も目を引く。

神話の英雄が挑む戦いと旅の物語

続く「モチェの英雄アイ・アパエックの冒険」では、神話の英雄“アイ・アパエック”が挑む戦いと旅の物語を想定した展示空間で、ペルー、トルヒーリョの月神殿(ワカ・デ・ラ・ルナ)にある、伝説のモチェ族の英雄アイ・アパエックの顔を表現した彩色壁彫刻など興味深い。

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≪アイ・アパエックの顔を表した埋葬用仮面≫(西暦100-800年、ラルコ博物館所蔵)
(C)©MUSEO LARCO LIMA—PERU

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《カニの姿をしたアイ・アパエック》(西暦100-800年、ラルコ博物館所蔵)
(C)©MUSEO LARCO LIMA—PERU

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《フグの姿をしたアイ・アパエック》(西暦100-800年、ラルコ博物館所蔵)
(C)©MUSEO LARCO LIMA—PERU

《アイ・アパエックの顔を表した埋葬用仮面》のほか、《カニの姿をしたアイ・アパエック》や、《フグの姿をしたアイ・アパエック》(いずれも紀元後100-800年、ラルコ博物館所蔵)など、迫力ある造形が神話の世界を鮮烈に伝えてくれる。その他にも様々な生き物の姿に変身したアイ・アパエックの展示品が揃う。

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皺の刻まれたアイ・アパエックの頭部(西暦100-800年、ラルコ博物館所蔵)
(C)©MUSEO LARCO LIMA—PERU

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フクロウの冠をつけたアイ・アパエックの頭部(西暦100-800年、ラルコ博物館所蔵)(C)©MUSEO LARCO LIMA—PERU

ペルー文明における金の真の価値にも焦点を得る。不変で不死、響き渡り眩いばかりでありながら、希少で神聖な金銀は、アンデスにおける究極の貴金属であった。その価値は西洋的な意味での厳密な経済的価値ではなく、むしろ世界観を体現し、社会の最前線に立つ男女の権威を示す機能にあった。

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フクロウの神(西暦100-800年、ラルコ博物館所蔵)
(C)©MUSEO LARCO LIMA—PERU

そして「犠牲の儀式」へ。本エリアでは、神に捧げられた戦士たちの犠牲の儀式を紹介している。儀式の場では、精鋭の戦士同士が戦い、敗者の血が神に捧げられた。この犠牲の儀式は、神々と人間界をつなぐ重要な役割を果たしていたと言われている。金は「太陽の汗」、銀は「月の涙」とされ、それを身につけた戦士や祭司は神の力を帯びる存在と考えられていた。神聖な素材で作られた祭具や装身具から、当時の信仰と死生観がわかる展示内容となっている。

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《モザイク状の鳥の戦士の耳飾り》(紀元後100-800年、ラルコ博物館所蔵)
(C)©MUSEO LARCO LIMA—PERU

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≪羽飾りが付いた頭飾り≫(西暦1100-1470年、ラルコ博物館所蔵》
(C)©MUSEO LARCO LIMA—PERU

《モザイク状の鳥の戦士の耳飾り》(紀元後100-800年、ラルコ博物館所蔵)や、《羽飾りが付いた頭飾り》(1100-1470年、ラルコ博物館所蔵》など、デザイン的にもすばらしい。

「祖先との出会い」では、アンデスの支配者たちが、死後に神へと昇華される存在としてどのように葬られていたかを、美しく神聖な副葬品とともに紹介。9人の支配者それぞれが実際に身につけていた装飾をそのままの姿で展示しているエリアは圧巻だ。金や銀に輝くその姿は、祖先がいかに神として祀られていたかを来場者へ静かに語りかけてくれる。

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≪ネコ科動物とコンドルが表された頭飾り≫(西暦100-800年、ラルコ博物館所蔵)
(C)©MUSEO LARCO LIMA—PERU

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《祖先的存在間の自慰》(紀元前500-800年、ラルコ博物館所蔵)
(C)©MUSEO LARCO LIMA—PERU

神話上の動物を表現した彫刻 や、動物と共生した文化の状況を探る。猫、鳥、蛇から成る神話上の存在で、アンデス世界観における三つの世界をつなぐ力を持っていた。《ネコ科動物とコンドルが表された頭飾り》(紀元後100-800年、ラルコ博物館所蔵)などが展示されている。

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金の装身具まとった姿 「CREVIAマチュピチュ展」会場, © NEON Group Limited. All Rights Reserved. / © MUSEO LARCO LIMA - PERU

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照明も工夫された展示風景 「CREVIAマチュピチュ展」会場, © NEON Group Limited. All Rights Reserved. / © MUSEO LARCO LIMA - PERU

展覧会の締めくくりとなる「マチュピチュ」。インカ帝国の叡智と統治の形を伝える空間となる。帝国は、血縁を基盤とした政治制度と官僚機構により多様な文化を取

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≪インカのキープ(結縄記録装置)≫(1438-1532年、ラルコ博物館所蔵)
(C)©MUSEO LARCO LIMA—PERU

り込み、金細工や建築、灌漑技術を発展させた。中でも象徴的なのが《インカのキープ(結縄記録装置)》(1438-1532年、ラルコ博物館所蔵)だ。人口や収穫、祭祀の記録を担ったこの“知の結晶”には、人々の暮らしや祈りが込められており、インカ文明の記憶を今日に伝える貴重な遺産となっている。

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《シャーマンまたはヒーラーのフクロウ》(西暦100-800年、ラルコ博物館所蔵)
(C)©MUSEO LARCO LIMA—PERU

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《ロープを持つ男性を表した鼻飾り》(西暦100-800年、ラルコ博物館所蔵)
(C)©MUSEO LARCO LIMA—PERU

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《トカゲのモザイクの耳飾り》(西暦100-800年、ラルコ博物館所蔵)
(C)©MUSEO LARCO LIMA—PERU

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《カニのモチーフの鼻飾り》(西暦100-800年、ラルコ博物館所蔵)
(C)©MUSEO LARCO LIMA—PERU

アンデス世界観における二大神々―上界の鳥と「今ここ」の地上世界の猫―を表現。遠いアンデスの山々に抱かれた、天空都市のマチュピチュ。その神秘的な文明が、映像などを駆使し蘇る。特に、世界初公開となる黄金の装飾品や精緻な祭祀道具は、古代アンデスの叡智と美を五感で感じられるまたとない機会となっている、

今回の特別展をプロデュースするNEONは、日本での初の展覧会としてエジプト史上“最も偉大な王”と称されるラムセス2世とその時代にまつわるエジプトの至宝約180点を展示した「ACNラムセス大王展 ファラオたちの黄金」を開催、「マチュピチュ展」はそれに続く歴史エキシビジョンの第二弾となる。

標高2400メートルの断崖に古代都市

地球儀を見ればよく分かるが、日本のほぼ裏側にあるマチュピチュは遠かった。伊丹から成田空港を乗り継いでロサンゼルスまで約13時間半。ロスで約3時間待ちリマへ空路約8時間半。ペルーの南東部にあるマチュピチュへは、リマからクスコへ飛行機で1時間15分、空港からペルーレイルのオリャンタイタンボ駅へバスで約2時間、その先112キロの終着駅アグアス・カリエンテスまで1時間半の鉄道の旅。さらに専用バスで約30分、九十九折のイハラム・ビンガム・ロードを一気に400メートル上り、やっとマチュピチュ入り口に至るのだ。実際は機内とリマで宿泊しており、日本を出発して裕に2昼夜もかかったことになる。

クスコから現地へは大型バスで乗り入れられず、国家政策で開設した鉄道が一般の観光客の唯一のアクセス。このため訪問直後のように、豪雨で土砂崩れによって鉄道が寸断されてしまうと孤立し、ヘリコプターによる救助騒ぎとなる。この時期は雨季で、私が訪れた時も小雨混じりだった。その数日前にも豪雨に見舞われとのことで、鉄道と平行して流れるウルバンバ川には濁流が渦巻いていた。

さて肝心のマチュピチュは、「幻の都」を捜し求めていたアメリカ人探検家のハイラム・ビンガムによって1911年に発見された。

奥深いジャングルに守られ、スペインの侵略の手が届かず、何世紀もの間だれの目にも止まらず遺されていた。遺構はウルバンバ川から運ばれたという石造で、居住区域と農耕区域に分けられている。

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葺屋根が復元された見張り小屋

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農耕地区の見事な段々畑神殿の石組み

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居住区域内には庶民、聖職者、貴族の住居があり、主神殿や太陽神殿も

藁葺屋根が復元された見張り小屋まで登ると遺跡が一望できた。前方にワイナピチュ山がそびえている。観光パンフレットで目にするパノラマ光景が目の前に広がっていて、感動した。自然の丘陵地を活用した段々畑は幾何学的な美しさだ。想像以上に規模が大きくはるばる訪ねてきた値打ちがあった。

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綿密な工事がなされた石組みの遺構

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居住区域内には庶民、聖職者、貴族の住居があり、主神殿や太陽神殿も

マチュピチュ観光は普通、2時間半-3時間半。私は麓のアグアス・カリエンテスに泊まる日程で、1日半をかけることができた。翌朝、遺跡が一望できるワイナピチュ山へ登った。この山は朝7時から午後3時の間だけ登ることができるが、1日400人の入山者制限がある。マチュピチュから標高差250メートルなのだが急勾配の断崖が続き、随所にクサリが取り付けられている。あいにくの雨で足場は最悪だった。1時間半かけて登った頂上は大きな1枚岩で、視界もきかなかった。下山中に霞の間からわずかに望めたマチュピチュの遺跡に慰められた。

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帰路の車両内ではアンデスの踊りのショーも

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帰路の車両内で仮装しているのは乗務員

マチュピチュからの帰路、再びペルーレイルに乗った。この列車は全席指定の1両で、アンデスの踊りのショーと特産のアルパカ製品のファッションショーが楽しめた。ショーを演じるのは、なんと乗務員なので驚いた。約1時間半でオリャンタイタンポ駅に着いたが、道中も楽しめた。

ペルー観光当局によると、遺跡を訪れる観光客は2009年約90万人だったが、直近の数は年間約150万人前後で推移していて、コロナ禍で大幅減少した後、2023年以降は回復傾向にある。ペルー政府は文化遺産保護のため、入場者数を制限しており、2024年からは新しいサーキット導入により1日当たり最大5,600人程度に調整されている。

マチュピチュはインカ帝国の要塞だったのか、聖都だったのか、多くの謎を秘め、その都市の終焉も未解明なことが、一層魅力を高めている。

文化ジャーナリスト。ジャーナリズム研究関西の会会員。平山郁夫美術館企画展コーディネーター・民族藝術学会会員。 1944年8月14日生まれ 愛媛県新居浜市出身。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。 著書に『シルクロード 現代日本人列伝』『ベトナム絹絵を蘇らせた日本人』『無常のわかる年代の、あなたへ』『夢追いびとのための不安と決断』『「大人の旅」心得帖』『「文化」は生きる「力」だ!』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』(いずれも東方出版)『アート鑑賞の玉手箱』『アートの舞台裏へ』『アートへの招待状』(いずれも梧桐書院)など多数。