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キルギスあれこれ 〜中央アジアの今〜 #1 「中央アジアの民主国家」

独立行政法人日本学術振興会特別研究員RPD(言語学/博士) アクマタリエワ・ジャクシルク

連日、ウクライナ戦争のニュースが報道されています。多くの兵士や一般人の命が、失われています。憎しみが憎しみを呼び、負の連鎖が加速度的に進んでいます。侵略されたウクライナ。侵攻したロシア。2つの国は、かつて社会主義国家ソビエト連邦の同胞でした。民族的にも文化的にも非常に近い関係で兄弟に例えられます。

私の祖国は、この2つの国と同じソビエト連邦の一員だったキルギス共和国です。私が生まれた時は、まだソ連でした。13歳まで受けた教育は、ソ連のものでした。若い人たちの中には、ソ連という国を知らない方が多いのではないでしょうか。なぜなら、ソ連は、1991年に崩壊し世界地図から消えたからです。社会主義国家の盟主で超大国と言われた国家は、分裂し15の共和国が独立。その一つがウクライナであり、私の国キルギスです。

今回、「キルギスあれこれ」を執筆しようと思ったきっかけは、ウクライナ戦争です。人は、何も知らないと不安になる。不安になれば、相手を疑い争いの種が生まれます。日本人にキルギスの事を知ってもらい、友好の一助になればと思いました。

そもそもキルギスとは、どんな国なのか。国名さえ耳にしたことがない人が、大半なのではないでしょうか。キルギスは、ユーラシア大陸の真ん中に位置します。古代シルクロードの要衝で玄奘三蔵が記した大唐西域記にも登場するといえば、少しイメージできるのではないでしょうか。キルギスは内陸国家です。北にカザフスタン、東に中国、西にウズベキスタン、南にタジキスタンと国境を接しています。

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首都は「ビシュケク」。ソ連時代はフルンゼと呼ばれロシア人革命家の名を冠していました。その名残が、今も飛行機のチケットに見られます。ビシュケクにあるマナス国際空港の空港コードは、今も“フルンゼ”を指す「FRU」です。国土面積は、日本の半分ほど。人口は、660万。そのほとんどが、イスラム教徒です。標高7千メートルを超える天山山脈やパミール高原があり、国土の大半が山岳地帯にあります。歴史的には遊牧生活をしていましたが、19世紀にロシアに併合されてからは定住化が進みました。それでも、今も遊牧は行われています。夏には、山腹にテントが張られ羊の群れが草を食んでいます。文化というものはすぐに消えるわけではなく、現在もキルギス人の生活にあります。

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テントの外壁は羊毛でできている                中央が、初代大統領のアカエフ氏

キルギス人は、人種的には日本人と同じモンゴロイドです。子供のお尻には蒙古斑があり、顔は日本人とよく似ています。そして、もう一つ似ている事があります。それは、民主主義国家ということです。ソ連崩壊後、中央アジアではウズベキスタン、カザフスタン、トルクメニスタン、タジキスタンと5つの国が誕生しました。全てイスラム教の国で、タジクを除いた4つの国はモンゴロイド系。言語的にも同じチュルク諸語に属します。とても似ている状況ですが、キルギスだけは政権が定期的に交代しています。かつては、キルギスも独裁国家でした。ソ連崩壊後、初代大統領に就任したアスカル・アカエフが、15年にわたり君臨していました。経済は思うように上向かず、市民の生活は苦しいままでした。権力者の周辺だけが潤っていました。そんな状況の中、アカエフは権力を息子に継承しようとしていました。そこに、議会の選挙が不正に行われていた疑惑が浮上。ついに、国民の不満は爆発しました。人々は大統領府に流れ込み、それを抑え込むために治安部隊が投入。激しい衝突がおこり、多数の死者が出ました。キルギスの代表する花にちなんでチューリップ革命と呼ばれました。それ以降、国民が政治に対して自由にものをいう空気が作られました。報道も自由です。政権の批判もできます。キルギスは人々の意思で政治を動かしているのです。その結果、アカエフ政権が崩壊した以降、5人の大統領が交代。現在は、サディル・ジャバロフが務めています。宗教色も比較的薄く、イスラム教の国ですがお酒もよく飲みます。中央アジアにありながら、キルギスは日本に似たような政治に対する自由をもっているのです。

東西冷戦が終わりイデオロギーの対決がなくなりましたが、近年“民主主義VS専制主義”という新たな対立構造ができつつあります。専制的な国家と言われるロシアの影響を強く受けているキルギスですが、国内は民主主義が浸透しつつある。今後、どのような道を歩んでいくのかはキルギス国民が決めていくのだと思います。

キルギスについて、これからシリーズで書いていきます。相互理解が少しでも進めばと思っています。

独立行政法人日本学術振興会特別研究員RPD(言語学/博士)。研究テーマ:キルギス語とアルタイ語の対照研究(論文多数)。2006年、文部科学省の国費留学生として来日。2013年、東京外国語大学大学院 博士課程。書籍:「世界の公用語事典」(キルギス語担当)、「キルギス語・日本語小辞典」、「キルギス語基礎語彙集」、「初級教科書の語彙分析―動詞編」(1)と(2)。2児の母。