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キルギスあれこれ 〜中央アジアの今〜 #3 「新型コロナによってキルギスが激変!」

独立行政法人日本学術振興会特別研究員RPD(言語学/博士) アクマタリエワ・ジャクシルク

この夏、研究の調査をかねて4年ぶりにキルギスに帰りました。新型コロナウイルスの蔓延で世界は苦しんでいますが、キルギスも同じです。当初、キルギスではワクチンは歴史的なつながりが強いロシア製と隣国の中国製が入りました。しかし、なかなか庶民には順番が回ってこなかったため、人々は感染を恐れ部屋に閉じこもりたとえ親戚が訪ねて来ても合わずに接触を避けました。それでも、一度罹患すれば日本のように病院施設が充実していないため、次々と亡くなっていきました。それは、猛烈な勢いでした。私の友人や知り合いも何人も亡くなりました。私の母によれば、第二次世界大戦のころのように人々の目が悲しいものだったといいます。私の家族もコロナに感染しましたが、幸いにも命は助かりました。現在、市民はマスクもせず以前と同じ明るいキルギス市民の姿で街がにぎわっています。 そんな中、今回の帰国で私は、いくつかの大きな変化を目の当たりにしました。

1. “お酒を飲む人”を見かけなくなった
以前は、アルコール度数の強いウォッカを飲む光景が町のあちらこちらで見られました。特にソ連崩壊後からは、それが顕著でした。レストランや家でパーティーをすれば、みんなウォッカを飲んで酔っぱらってご機嫌でした。それが、今回は目にすることがほとんどありませんでした。私の久しぶりの帰国に、家族や友人が毎日のようにパーティーをしてくれたのですが、アルコール飲料は出てきません。レストランなのに、ビールさえ置いていない店も多くありました。どうしても飲みたい人がいたら、こっそり持ち込むのだそうです。それでもみんなワイワイと会話を楽しみ、歌を歌い盛り上がってしました。いつからお酒を飲まない習慣が出てきたのか聞いていくと、最近はずっとこんな感じだと。注意深く観察すると、いくつか気になる現象をみつけました。

  • 人々が豊かになってきたのでお酒に逃げる必要がなくなった。
  • コロナの影響で、命の大切さを再認識。健康に気を付けるようになった。
  • イスラムの宗教色が強くなった可能性がある。街中では、以前よりもイスラムの習慣のスカーフを頭に巻く若い女性が増えた。イラン系やトルコ系?の人たちの姿も増えた。
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左)筆者の帰国を祝うパーティー 右)首都の中心部にある広場にもネオンが

2. “一生懸命に働く人”が増えた
次に気がついたのは、人々の必死に働く姿が、そこら中にあったことです。首都のビシケクでは、朝から晩まで人々が忙しく動き回っていました。私の義兄は、休日も働いていました。私の故郷ナルーンは、農業や牧畜が主産業の田舎色の強い地域でさえも、みんな必死に働いていました。弟のお嫁さんは、「家畜の世話、農作業などの連続でどうやって一日が過ぎているか分からない」と言っていたのが印象的でした。以前は、牛の乳を朝に搾ってそれを家族で飲む、というゆったりとした生活サイクルでした。しかし今は、牛乳を売ったり、或いは牛乳からヨーグルトやバターなどを作りそれを市場に売ったりしているのです。せっせと働いて、お金を稼いでそれを貯めたり目的のために使ったりしているのです。

  • 子供の教育に充てる。例えば、都会では小学生から英会話塾で勉強している。私の娘は小学4年で一言も英語を喋れないのに、兄弟の子供はつたないながらも話していた。
  • 水道やシャワールーム、トイレなどを増設する。田舎では、これらの設備が整っていない家が大半だったが、最近はほとんどの家で設置されている。
  • 自動車を持っている人が増えた。
  • みんなiPhoneをもっている。
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左)絞った牛乳でバターを作る弟夫婦 中)故郷で暮らす姪は英語を勉強中 右)新設したシャワー室

これには、ある仮説が立てられます。遊牧民だったキルギス人は、よく言えばとてもおおらかでのんびりしていました。あまり、先の事を考えずに今を楽しめばよいという感じでした。昔だったら、稼いだお金をそれこそお酒に替えて飲んでいたのだと思います。それが、コロナによって“命の大切さ”や“計画を立てて良い未来へ”、などの「将来」に対する期待や希望が強くなったのではいでしょうか。まさに、未来への投資です。そういう意味では、俗にいう市場経済の原理や要素が浸透してきた証左と言えるのではないでしょうか。

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3. デジタル社会の急伸
久しぶりに帰国し、さらに驚いたこと。それはタクシーが拾えなかったことです。キルギスでは、以前は白タクが多くありました。今は、登録制になっていて誰でもできるわけではなくなりました。私は、タクシーに乗ろうと道ばたで手を上げて止めようとしました。ですが、停まってくれません。しばらく手を上げ続けましたが結局は、強引にタクシーを呼び止め嫌がる運転手を説得し乗車しました。キルギスでは、Uberやそれに似たアプリが発達し、みんなそれを使ってタクシーを呼んでいたのです。また、支払いは現金のやりとりもほとんどありません。どこでもキャッシュレスでスマホを機械にかざしておしまいです。下手に現金で支払うとおつりがないという事もありました。日本よりキャッシュレス化が進んでいるのです。そもそも、キルギスではスマホが大普及。しかもiPhoneが人気で多くの人が持っていました。キルギスの平均月収は300$程度ですので、その数か月分もするものをみんな持っているのです。複数台持っている人もいました。理由として考えられるのは・・・。

  • 新型コロナの蔓延で、コロナ情報をスマホから取るようになった。政府もスマホを使ってワクチン情報を流したり管理をした。
  • 感染を恐れ現金のやりとりが減りキャッシュレス化が進んだ。
  • もともとキルギスでは個人でパソコンを持っている人は少数だった。そこに、パソコン機能が備わるスマホが登場し、手軽さもあって人気となった。
  • 豊かになるために有益な情報を求めるようになった。その情報を駆使して、さらに豊かになったことで相乗効果が生まれた。

コロナの前と後でキルギスの変貌ぶりに驚きました。全てコロナが原因とは言えないでしょうが、コロナによるこの3年で人々の暮らし方が大きく変わったのは事実です。改めて人間は、“生き物”なのだと実感しました。状況や環境に合わせて変化、変容し生き延びようとしているのだと・・・。

それでは、また次の機会にお会いしましょう!

独立行政法人日本学術振興会特別研究員RPD(言語学/博士)。研究テーマ:キルギス語とアルタイ語の対照研究(論文多数)。2006年、文部科学省の国費留学生として来日。2013年、東京外国語大学大学院 博士課程。書籍:「世界の公用語事典」(キルギス語担当)、「キルギス語・日本語小辞典」、「キルギス語基礎語彙集」、「初級教科書の語彙分析―動詞編」(1)と(2)。2児の母。