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アートへの招待45 仏教美術と伝統催事三題

文化ジャーナリスト 白鳥正夫

秋たけなわ。この時節ならではの特別展三題をお届けする。日本独自の歴史に根付いた仏教美術と伝統催事だ。京都国立博物館の平成知新館で浄土宗開宗850年記念の特別展「法然と極楽浄土」が12月1日まで、龍谷ミュージアムでは秋季特別展「眷属(けんぞく)」が11月24日まで、それぞれ開かれている。奈良国立博物館でも恒例の特別展「第76回 正倉院展」が11月11日まで開催。いずれも紅葉シーズンに古都を彩る仏像や絵画、工芸の名品を堪能出来る展覧会だ。

京都国立博物館の浄土宗開宗850年記念の特別展「法然と極楽浄土」

全国の浄土宗諸寺院から名宝156件集結

平安時代末期、繰り返される内乱や災害・疫病の頻発によって世は乱れ、人々は疲弊していた。比叡山で学び、中国唐代の阿弥陀仏信仰者である善導(613-681)の教えに接した法然源空は、「南無阿弥陀仏」の名号を称えることによって誰もが等しく阿弥陀仏に救われ、極楽浄土に往生することを説き、浄土宗を開いた。その教えは貴族から庶民に至るまで多くの人々に支持され、現代に至るまで連綿と受け継がれている。

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重要文化財《法然上人坐像》(鎌倉時代 14世紀、奈良・當麻寺奥院蔵、後期)図像提供:奈良国立博物館

法然(1133-1212)は、美作(岡山県)に生まれ、幼くして出家し、比叡山で修学する。承安5年(1175)、念仏を称えることによって往生を実現するという専修念仏の道を見出し、その教えを広めた。いわゆる他力本願の浄土信仰で、自らの修業を重んじた他の宗派から反発を受け、念仏はご法度となり、讃岐(香川県)に配流される。やがて赦免されて京に戻り生涯を閉じる。称名念仏の教えは多くの弟子に受け継がれ、浄土宗の宗祖となった。

今回の展覧会は、令和6年(2024)に浄土宗開宗850年を迎えることを機に、法然による浄土宗の立教開宗から、弟子たちによる諸派の創設と教義の確立、徳川将軍家の帰依によって大きく発展を遂げるまでの、浄土宗850年におよぶ歴史を、全国の浄土宗諸寺院等が所蔵する国宝6件、重要文化財66件を含む貴重な名宝156件によってたどる。東京、京都両国立博物館の後、九州国立博物館(2025年10月7日~11月30日)に巡回する。

会期中、前期(~11月4日)と後期(11月6日~)などで展示替えがある。関連する寺院の多い京都会場だけ展示が42件が品され最多となる。4章で構成されており、各章の主な内容と出品画像を取り上げる。

第1章は「法然とその時代」で、法然が生を享けた平安時代末期は、相次ぐ戦乱、頻発する天災や疫病、逃れられない貧困など苦悩に満ちた末法(まっぽう)の世だった。法然の「南無阿弥陀仏」と称えるだけで救われるという浄土宗の教えは、幅広い階層の信者を得る。祖師法然の事跡や思想をたどる。

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《法然上人像(隆信御影)》(鎌倉時代 14世紀、京都・知恩院蔵、前期)

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国宝《法然上人絵伝 巻第三十七》部分(鎌倉時代 14世紀、京都・知恩院蔵、11/12~12/1展示)

重要文化財の《法然上人坐像》(鎌倉時代 14世紀、奈良・當麻寺奥院蔵、後期)や《法然上人像(隆信御影)》(鎌倉時代 14世紀、京都・知恩院蔵、前期)、国宝の《法然上人絵伝 巻第三十七》部分(鎌倉時代 14世紀、京都・知恩院蔵、11/12~12/1展示)などが展示されている。

第2章は「阿弥陀仏の世界」。法然は阿弥陀如来の名号「南無阿弥陀仏」をひたすらに称える専修念仏を重んじたが、貴賤による格差が生まれる造寺造仏などに積極的ではなかった。しかし、それを必要とする門弟や帰依者が用いることは容認していたようで、彼らは阿弥陀の彫像や来迎するさまを描いた絵画を拝しながら、日ごろ念仏を称え、臨終を迎える際の心の拠りどころとした。阿弥陀の造形の数々は、困難の多い時代、庶民にまで広がった浄土宗の信仰の高まりを伝えている。

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国宝《阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)》(鎌倉時代 14世紀、京都・知恩院蔵、後期)

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重要文化財《阿弥陀如来立像》(鎌倉時代 建暦2年・1212年、浄土宗蔵、前期)

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重要文化財《厨子入千躰地蔵菩薩像》(鎌倉時代 13世紀、京都・報恩寺蔵、通期)

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重要文化財《地獄極楽図屏風》右隻(鎌倉時代 13~14世紀、京都・金戒光明寺蔵、前期)

ここでは、修理後初公開である国宝の《阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)》(鎌倉時代 14世紀、京都・知恩院蔵、後期)をはじめ、いずれも重要文化財の《阿弥陀如来立像》(鎌倉時代 建暦2年・1212年、浄土宗蔵、前期)、《厨子入千躰地蔵菩薩像》(鎌倉時代 13世紀、京都・報恩寺蔵、通期)、《地獄極楽図屏風》(鎌倉時代 13~14世紀、京都・金戒光明寺蔵、前期)などが出品されている。

第3章の「法然の弟子たちと法脈」では、法然を慕う門弟が集い、浄土宗が開かれ、法然没後も称名念仏の教えを広めようと、精力的に活動をした。

九州(鎮西)を拠点に教えを広めていった聖光(1162-1238)の一派である鎮西派は、その弟子良忠(1199-1287)が鎌倉などを拠点として宗勢を拡大した。また、証空(1177-1247)を祖とする一派である西山(せいざん)派は、京都を拠点に活動を展開した。

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国宝《綴織當麻曼陀羅》部分(中国の唐または奈良時代 8世紀、奈良・當麻寺蔵、11/12~12/1展示)図像提供:奈良国立博物館

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重要文化財《源空証空等自筆消息》(鎌倉時代 13世紀、奈良・興善寺蔵、前期》

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重要文化財《蒔絵厨子入阿弥陀三尊立像》(阿弥陀三尊立像:鎌倉時代・13世紀、蒔絵厨子:室町時代 16世紀、京都・報恩寺蔵、前期)

この章では、国宝の《綴織當麻曼陀羅》部分(中国の唐または奈良時代 8世紀、奈良・當麻寺蔵、11/12~12/1展示)ほか、ともに重要文化財の《源空証空等自筆消息》(鎌倉時代 13世紀、奈良・興善寺蔵、前期》、《蒔絵厨子入阿弥陀三尊立像》(阿弥陀三尊立像:鎌倉時代・13世紀、蒔絵厨子:室町時代 16世紀、京都・報恩寺蔵、前期)などが並ぶ。

最後の第4章は「江戸時代の浄土宗」。浄土宗中興の祖聖冏(しょうげい、1341-1420)が伝法制度を確立し、その弟子聖聡(しょうそう、1366-1440)が江戸に増上寺を開くと、体系化された浄土宗の教義は全国へ普及されていった。その流れは三河において松平氏による浄土宗への帰依へとつながり、末裔の徳川家康が増上寺を江戸の菩提所、知恩院を京都の菩提所と定めたことにより、教団の地位は確固としたものになった。この章では、将軍家や諸大名の外護(げご)を得て飛躍的に興隆した江戸時代の浄土宗の様子をたどる。

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重要文化財《大蔵経 元版(帖末)》(中国の元時代 13世紀、東京・増上寺蔵、通期)

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《五百羅漢図》第24幅 六道 地獄、狩野一信筆(江戸時代 19世紀、東京・増上寺蔵、前期)

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《贈円光大師号絵詞》巻中部分、明誉古磵筆(江戸時代 元禄10年・1697年、京都・知恩院蔵、後期)

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《仏涅槃群像》(江戸時代 17世紀、香川・法然寺蔵、通期)の展示風景

重要文化財の《大蔵経 元版(帖末)》(中国の元時代 13世紀、東京・増上寺蔵、通期)や、《五百羅漢図》第24幅 六道 地獄、狩野一信筆(江戸時代 19世紀、東京・増上寺蔵、前期)、《贈円光大師号絵詞》巻中部分、明誉古磵筆(江戸時代 元禄10年・1697年、京都・知恩院蔵、後期)、さらに《仏涅槃群像》(江戸時代 17世紀、香川・法然寺蔵、通期)は圧巻だ。

龍谷ミュージアムの秋季特別展「眷属(けんぞく)」

多種多様で魅力的な造形、国宝含む約80件

まずは聞きなれないタイトルから。眷属(けんぞく)とは、仏菩薩など信仰の対象となる主尊に付き従う尊格のこと。仏教美術では主尊のまわりを囲むようにあらわされ、仏法を守護したり、主尊を信仰する者に利益を与えたりする役割を担っている。龍谷ミュージアムでは今年1月に開催した特集展示「眷属 ─ほとけにしたがう仲間たち─」を、特別展としてパワーアップし、仏教美術における名脇役ともいえるその存在を検証しようという趣旨だ。

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国宝《十二神将立像のうち安底羅大将立像》(鎌倉時代 建永2年・1207年、奈良・興福寺蔵、通期)画像提供:飛鳥園

会場には、国宝の《十二神将立像のうち安底羅大将立像》(鎌倉時代 建永2年・1207年、奈良・興福寺蔵、通期)をはじめ、国宝2件、重要文化財10件を含む約80件の貴重な文化財を展示。武将や貴人、子供など、眷属たちの多種多様で魅力的な造形に迫る展覧会となっている。眷属の個性豊かな姿に注目だ。

展示は4章建て。各章の内容と主な出品を画像とともに紹介する。ただし会期中、前期(~10月20日)と後期(10月22日~)で展示替えのため、通期と後期の出品作品を取り上げる。

第1章は「眷属ってなんだ?」。インドや西域からもたらされた仏教経典を漢訳する際に訳語として取り入れられたのが始まりのようだ。「親族」や「従者」、お釈迦様の「仏弟子」などを意味し、その姿は涅槃図や曼荼羅の中に数多く登場した。仏伝浮彫や仏涅槃図、各種曼荼羅図などが展示されている。

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重要文化財《千手観音二十八部衆像》(鎌倉時代、滋賀・大清寺蔵、後期)画像提供:滋賀県立琵琶湖文化館

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《薬師十二神将像》(南北朝時代、滋賀・新宮神社蔵、後期)画像提供:滋賀県立琵琶湖文化館

第2章は「護法の神々」で、経典の中には、ほとけの教えを聞き仏法に帰依する神々として描写される。そうした眷属の代表例が十二神将や十六善神である。ここでは《十二神将立像のうち安底羅大将立像》のほか、重要文化財の《千手観音二十八部衆像》(鎌倉時代、滋賀・大清寺蔵、後期)、《薬師十二神将像》(南北朝時代、滋賀・新宮神社蔵、後期)などが出品されている。

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国宝《八大童子像のうち阿耨達童子坐像》(鎌倉~南北朝時代、和歌山・金剛峯寺、通期)画像提供:高野山霊宝館

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《不動明王二童子四十八使者像》(南北朝時代、大阪・七宝瀧寺、後期) 画像提供:泉佐野市教育委員会

第3章は「ほとけに仕える子ども」。子どもの姿の尊像も、不動明王の2童子など眷属として数多く存在する。童子は神仏のいる聖なる世界と俗世をつなぐ存在として、独特の信仰を集めた。国宝の《八大童子像のうち阿耨達童子坐像》(鎌倉~南北朝時代、和歌山・金剛峯寺、通期)、《不動明王二童子四十八使者像》(南北朝時代、大阪・七宝瀧寺、後期)などが展示されている。

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重要文化財《四天王眷属立像のうち持国天眷属立像》康円作(鎌倉時代 文永4年・1267年、東京国立博物館蔵、通期)Image:TNM Image Archives

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重要文化財《四天王眷属立像のうち増長天眷属立像》康円作(鎌倉時代 文永4年・1267年、東京国立博物館蔵、通期)Image:TNM Image Archives

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《神狐像》(室町時代、岡山・木山神社、通期)画像提供:木山神社 撮影:山崎兼慈

第4章は「果てしなき眷属の世界」で、名もなき眷属やお稲荷さんの狐など日本の神に従う神聖な動物まで、信仰の広がりや変容によって拡大してゆく眷属の姿を追う。重要文化財の《四天王眷属立像のうち持国天眷属立像》と《四天王眷属立像のうち増長天眷属立像》と《四天王眷属立像のうち増長天眷属立像》ともに康円作(鎌倉時代 文永4年・1267年、東京国立博物館蔵、通期)や、《神狐像》(室町時代、岡山・木山神社、通期)なども目を引く。

奈良国立博物館の特別展「第76回 正倉院展」

調度品など、初出陳11件を含む計57件

毎年秋恒例の正倉院展は、昭和21年(1946)の初回から数え第76回を迎える。正倉院は奈良時代に建立された東大寺の倉庫で、聖武天皇の遺愛品を中心に約9000件の宝物があり、「国の宝」として保存され受け継がれている由緒ある文化財だ。現在は宮内庁正倉院事務所が管理している。今年も、調度品や服飾具、仏具、文書といった多彩なジャンルから初出陳11件を含む計57件が出陳され、天平文化を象徴する宝物を今に伝える。

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《紫地鳳形錦御軾》(北倉)

本年の見どころとして、美しい錦張りの肘おき《紫地鳳形錦御軾(むらさきじおおとりがたにしきのおんしょく)》(北倉)は、聖武天皇がお使いになった品として格別の意義を有する至宝だ。

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《碧瑠璃小尺》(中倉)

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《深緑瑠璃魚形》(中倉)

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《黄金瑠璃鈿背十二稜鏡》(南倉)

また、《碧瑠璃小尺(へきるりのしょうしゃく)》(中倉)や《深緑瑠璃魚形(ふかみどりるりのうおがた)》(中倉)といった色ガラス製の装身具のほか、金と緑釉(りょくゆう)の対比が華やかな《黄金瑠璃鈿背十二稜鏡(おうごんるりでんはいのじゅうにりょうきょう)》(南倉)など、色とりどりのガラスを用いた宝物の数々も注目される。

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《沈香木画箱》(中倉)

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《紫檀金銀絵書几》(南倉)

さらに、《沈香木画箱(じんこうもくがのはこ)》(中倉)や《紫檀金銀絵書几(したんきんぎんえのしょき)》(南倉)といった、奈良時代の高度な工芸技術を誇る品々にも目を見張る。さらに今年は、宮内庁正倉院事務所が製作した宝物の再現模造品も多数展示され、比較しながら鑑賞できる。

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《緑地彩絵箱》 1合(南倉)

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《伎楽面 酔胡従》1面(南倉)

このほか、花文様の箱《緑地彩絵箱(みどりじさいえのはこ)》 1合(南倉)や、楽舞用の面《伎楽面 酔胡従(ぎがくめん すいこじゅう)》1面(南倉)なども出陳されている。

文化ジャーナリスト。ジャーナリズム研究関西の会会員。平山郁夫美術館企画展コーディネーター・民族藝術学会会員。 1944年8月14日生まれ 愛媛県新居浜市出身。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。 著書に『シルクロード 現代日本人列伝』『ベトナム絹絵を蘇らせた日本人』『無常のわかる年代の、あなたへ』『夢追いびとのための不安と決断』『「大人の旅」心得帖』『「文化」は生きる「力」だ!』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』(いずれも東方出版)『アート鑑賞の玉手箱』『アートの舞台裏へ』『アートへの招待状』(いずれも梧桐書院)など多数。