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アートへの招待49 美術やアートの多様な現状を知る展覧会
文化ジャーナリスト 白鳥正夫ひと言で美術とかアートとかと言っても、その表現世界は多様で、作品も様々だ。いま大阪の2美術館で開催されている展覧会を見れば、美術やアートの現状を理解するのに役立つ。大阪市立美術館ではリニューアルオープンを記念し、特別展「What’s New! 大阪市立美術館 名品珍品大公開!!」を3月30日まで開催している。全フロアを会場に、重要文化財6件を含む絵画や書蹟、彫刻、漆工、金工、陶磁など分野ごとに選りすぐりの作品、約250件を出品している。一方、大阪の国立国際美術館では特別展「ノー・バウンダリーズ」と、「コレクション2 Undo, Redo わたしは解く、やり直す」をともに6月1日まで開いている。こちらは平面・立体・映像などを通し、現代美術の最前線を鑑賞できる。
大阪市立美術館の特別展「What’s New! 大阪市立美術館 名品珍品大公開!!
絵画や彫刻、金工など幅広く約250件展示
大阪市立美術館は2022年9月から、1936年の開館以来、最大規模となる改修工事のため約2年半の長期休館中だったが、3月1日にリニューアルオープンした。記念展のタイトルに「What’s new」という言葉を使っている。その意味は、久しぶりに会った相手に「お変わりはありませんか」と軽く近況を尋ねる挨拶と、「最新情報/新着情報」だ。この展覧会名には、親しみを込めた挨拶と、リニューアルした最新の姿をお披露目するという2つの趣旨を込めている。

リニューアルオープンした大阪市立美術館の外観

正面外観 撮影:佐々木香輔
日本・東洋美術を中心とする同館の所蔵品は、昭和11年(1936)に開館してから、現在に至るまで充実が図られ続け、その数は約8700件にのぼる。今回の企画展では、絵画や書蹟、彫刻、漆工、金工、陶磁など分野ごとに選りすぐりの「名品」に加え、これまであまりご紹介する機会のなかった「珍品」ともいえる作品も織り交ぜ、「変わらぬ魅力と新たな魅力を伝えたい」との意図だ。

地下1階エントランス 撮影:佐々木香輔
見どころの第一は「大阪市立美術館まるわかり」。この展覧会をみれば、どんな美術館なのか、どのような作品を所蔵しているのかが分かる。第二は「ため息が出るほど美しい展示」です。 国内外の美術品をより良い環境で鑑賞できるよう、展示ケース、照明もリニューアルし、作品の魅力を最大限に引き出している。
第三は「新たな出会い・魅力の発見」。日本で3番目の公立美術館として開館して以来、関西で活躍した先人による寄贈を受けるなど、収蔵品の充実が図られてきた。館を代表する「名品」とともに、これまであまりご紹介する機会のなく知られざる「珍品」も多数ご展示している。

1階中央ホール 撮影:佐々木香輔

1階じゃおりうむ(無料スペース)撮影:佐々木香輔
なお、国の登録有形文化財である建物外観を保全する一方、新エントランスの中央ホールや無料ゾーンを新設した。無料ゾーンの「じゃおりうむ」とは、中国語の「交流(jiaoliu)」に、ラテン語で「~な場所、空間」を意味する。さらにカフェやミュージアムショップの開設など、天王寺・阿倍野エリアの新たな都市魅力となる「ひらかれたミュージアム」をめざしている。

展示室1 撮影:佐々木香輔

展示室2 撮影:佐々木香輔

収蔵庫 撮影:佐々木香輔
展覧会は分野ごとに構成されている。主な内容と展示品を、プレスリリースを参考に取り上げる。すべて大阪市立美術館蔵だ。
「金工」には、古代の青銅器や仏教の儀式に用いられた仏具、実用品としても機能した銅鏡や水滴など、中国・日本の紀元前から近代までバラエティ豊かな作品が並んでいる。重要文化財の《銅 湯瓶》(鎌倉時代・13-14世紀)は、大阪で衆議院議員・弁護士として活躍した田万清臣氏(1892―1979)が、明子夫人とともに蒐集した「田万コレクション」の逸品だ。

重要文化財《銅 湯瓶》(鎌倉時代・13-14世紀、大阪市立美術館蔵)
展示の最後を飾っているのが、《青銅鍍金銀 羽人(うじん)》(中国・後漢時代、山口コレクション)。類品が世界に3点のみという珍品でもある。羽人とは中国の仙人の一種で、とがった耳の形に特徴がある。この作品を大阪市立美術館の広報大使に就任させた。手を広げて、来館を熱烈歓迎しているポーズとも受け取れる。

《青銅鍍金銀 羽人》(中国・後漢時代、大阪市立美術館蔵[山口コレクション])
「彫刻」では、我が国屈指の質と量を誇る中国の仏像に、北魏(386-535)を中心とする造像年が記された作例や、「白玉像」と呼ばれる白大理石を材料とした貴重な作例、雲岡石窟や天龍山石窟、龍門石窟といった中国を代表する石窟から将来された仏像などがある。《石造 菩薩立像頭部》[河南・龍門石窟賓陽中洞将来] (北魏・6世紀、江口治郎氏寄贈)などが展示されている。

《石造 菩薩立像頭部》[河南・龍門石窟賓陽中洞将来] (北魏・6世紀、大阪市立美術館蔵、江口治郎氏寄贈)
「絵画」では、住友家からの支援を受けて開催された「関西邦画展覧会」に出品された関西の日本画壇の重鎮20人による新作などが所蔵品となっている。上村松園の 《晩秋》や、橋本関雪の《曙光》、堂本印象の《如意輪観音》(いずれも昭和18年・1943年、住友コレクション)などだ。

上村松園の 《晩秋》(昭和18年・1943年、大阪市立美術館蔵[住友コレクション])
大阪の洋画コーナーには、佐伯祐三の《教会》(大正13年・1924年)のほか、赤松輪作の《翁》(大正2年・1913年、菊池二郎氏寄贈)、鍋井克之の《鴨飛ぶ湖畔》(昭和7年・1932年、鍋井澄江氏寄贈)などが出品されている。

佐伯祐三《教会》(大正13年・1924年、大阪市立美術館蔵)
さらに近世の風俗画として、勝部如春斎の《小袖屏風虫干図巻》(江戸時代・18世紀)や、東洲斎写楽の《三代目市川八百蔵の田辺文蔵》(江戸時代・寛政6年・1794年、植田喜久子氏寄贈)も注目だ。

勝部如春斎《小袖屏風虫干図巻》(江戸時代・18世紀、大阪市立美術館蔵)
リニューアルを記念し「祝杯」をテーマとして華やかな酒器も多数展示。とりわけカザールコレクションの《魚介蒔絵杯》3枚のうち 銘 羊遊斎(江戸-明治時代・19世紀)も目を引く。

《魚介蒔絵杯》3枚のうち 銘 羊遊斎(江戸-明治時代・19世紀、大阪市立美術館蔵[カザールコレクション])
また、おもてなしのうつわに、鍋島焼の《青磁染付 青海波宝尽くし文皿》(江戸時代・18世紀、田原コレクション)、仏教絵画と経典に重要美術品の《大般若経(薬師寺経)》 (奈良時代・8世紀、田万コレクション)、鄭思肖《墨蘭図》(中国・元時代・大徳10年・1306年、阿部コレクション)なども鑑賞できる。

鍋島焼《青磁染付 青海波宝尽くし文皿》(江戸時代・18世紀、田原コレクション)

重要美術品《大般若経(薬師寺経)》(奈良時代・8世紀、田万コレクション)

鄭思肖《墨蘭図》(中国・元時代・大徳10年・1306年、大阪市立美術館蔵[阿部コレクション])
このほか、竣工記念の石刻、中国の書画、近世の動物画、富本憲吉と人間国宝、知られざる考古といったコーナーなどもあり、幅広い美術作品が堪能できる。
国立国際美術館の特別展「ノー・バウンダリーズ」
国内外の現代作家20余名が新たな価値を提案
こちらも英文で耳慣れないタイトル名だ。「boundaries」とは、日本語で「境界」「限界」「範囲」などと訳される。私たちが日常生活を送る上で、様々な「境界」が存在する。これらの境界は、物理的なものから心理的、社会的、文化的なものまで多岐にわたり、私たちの行動、思考、価値観を形作っている。ところがアーティストたちはこれら既存の枠組みを解体し、アイデンティティ、文化、物理的空間や時間、ジャンルなどに対して新たな視点の提示を試みている。この企画展は、私たちが「バウンダリーズ」(境界)と呼ぶもののあり方を問い直す、現代美術の最前線を取り上げている。
今回の展覧会では、現代社会における様々な「境界」をテーマに、私たちの日常や価値観の成り立ちを可視化し、既存の枠組みを解体し、新たな視点を提示している。国境やアイデンティティ、文化、ジェンダー、さらには美術のジャンルなどを超え、あるいは融合する現代作家の20余名の作品が展示されている。
国立国際美術館は1970年の日本万国博覧会に際して建設された万国博美術館の建物を活用し、1977年に開館した。今春開催される大阪・関西万博に合わせて、本展では多様な価値観を持つ作家が「境界」を通して、多様性や共生の価値を見つめ直す貴重な機会となっている。
注目の作品に、シンガポール生まれ、ベルリン在住のミン・ウォンによる映像作品《ライフ・オブ・イミテーション》(2009年)がある。ヴェネチア・ビエンナーレにて高い評価を獲得した作品で、ハリウッド映画『イミテーション・オブ・ライフ』へのオマージュとして制作され、人種、映画、ジェンダーの問題を浮き彫りにし、文化的規範からの逸脱を描き出している。

ミン・ウォン《ライフ・オブ・イミテーション》(2009年、国立国際美術館蔵)(C) Ming Wong
また、多岐にわたるメディアの表現で知られる中国・成都出身のエヴェリン・タオチェン・ワンによる油彩画《トルコ人女性たちのブラックベリー》(2023年)は、伝統的な中国の書画と西洋絵画技法を融合させ、ジェンダー問題や植民地史をテーマに取り上げている。

エヴェリン・タオチェン・ワン《トルコ人女性たちのブラックベリー》(2023年、国立国際美術館蔵)(C) Evelyn Taocheng Wang
さらに、タイ出身のアリン・ルンジャーンの映像作品《246247596248914102516 ... そして誰もいなくなった》(2017年)は、ヒトラーの最後の面会者がタイの民主化革命に関わったタイ人であったという史実と自身の家族の歴史を交差させ、時間と地理的境界を再構築している。

アリン・ルンジャーン《246247596248914102516 ...そして誰もいなくなった》(2017年、国立国際美術館蔵) (C) Arin Rungjang
さらに、田島美加の《アニマ11》(2022年)、ヴォルフガング・ティルマンス《アストロ・クラスト、a》(2012年)、ヤン・ヴォーの《無題》(2019-20年)も展示されている。

田島美加《アニマ11》(2022年、国立国際美術館蔵) Photo by Charles Benton(C) Mika Tajima

ヴォルフガング・ティルマンス《アストロ・クラスト、a》(2012年、国立国際美術館蔵)(C) Wolfgang Tillmans

ヤン・ヴォー《無題》(2019-20年、国立国際美術館蔵)「ヤン・ヴォー ーォヴ・ンヤ」展示風景(国立国際美術館、2020)撮影:福永一夫 (C) Danh V
このほか参加作家には、、クリスチャン・ボルタンスキー、フェリックス・ゴンザレス=トレス、廣直高、鎌田友介、マイク・ケリー、キム・ボム、松井智惠、三島喜美代、ミヤギフトシ、森村泰昌、カリン・ザンダー、シンディ・シャーマン、田中功起、エヴェリン・タオチェン・ワン、やなぎみわ、山城知佳子らが名を連ね、現代美術の最前線から多様な表現が集結している。
国立国際美術館の「コレクション2 Undo, Redo わたしは解く、やり直す」
現代美術を代表する作家の新収蔵作品展示
この展覧会のタイトル名も横文字だ。「Undo, Redo」は、「解く、やり直す」の意味です。出品作家の一人、ルイーズ・ブルジョワ(1911-2010)が2000年にテート・モダンのタービン・ホールで発表した作品のタイトル「I Do, I Undo, I Redo」と、2023年度に2作品を収蔵した手塚愛子をはじめとする作家の制作行為に着想を得て名付けている。
2024年度のコレクション2では、2023年度に収蔵したルイーズ・ブルジョワ、レオノール・アントゥネス、2024年度収蔵し今回国内初公開となるルース・アサワの3作家による作品を起点にしている。すでにある素材や構造、歴史をほぐし、それらを再構成していく作家の手つきと作品のあり方に着目しています。また、近年収蔵した作品も多数展示されている。

ルース・アサワ《無題(S.317、壁掛け式、中央部は開いた五芒星と枝が重なりあう形にワイヤーを縛ったもの)》(1965 年頃、国立国際美術館蔵) 撮影:福永一夫 (C) 2025 Ruth Asawa Lanier, Inc./Artists Rights Society(ARS), New York. Courtesy David Zwirner

手塚愛子《Ghost I met》(2013 年)

寺内曜子《Hot-Line89》(1987年、国立国際美術館蔵)撮影:福永一夫
主な出品作品に、ルース・アサワの《無題(S.317、壁掛け式、中央部は開いた五芒星と枝が重なりあう形にワイヤーを縛ったもの)》(1965年頃)をはじめ、手塚愛子の《Ghost I met》(2013 年)、寺内曜子の《Hot-Line89》(1987年)、竹村京の《E.K.のために》(2015年)、レオノール・アントゥネスの《道子#6》(2023年)、ブブ・ド・ラ・マドレーヌの《人魚の領土-旗と内臓》(2022年、いずれも国立国際美術館蔵)がある。

竹村京《E.K.のために》(2015年、国立国際美術館蔵)撮影:福永一夫

レオノール・アントゥネスの《道子#6》(2023年、国立国際美術館蔵)

ブブ・ド・ラ・マドレーヌの《人魚の領土-旗と内臓》(2022年、国立国際美術館蔵)
展示されているのは、3作家のほか、工藤哲巳、安齊重男、ソピアップ・ピッチ、寺内曜子、塩田千春、伊藤存、加藤泉、石原友明、竹村京、内藤礼、草間彌生、青木陵子、片山真理、ブブ・ド・ラ・マドレーヌ、石内都、芥川(間所)紗織、タイガー立石(立石紘一・立石大河亜)、横尾忠則、福田美蘭、清水晃、杜珮詩(ドゥ・ペイシー)、スターリング・ルビー、手塚愛子ら、現代美術を代表する作品だ。
また常設作品作家の高松次郎、ヘンリー・ムア、マリノ・マリーニ、ジョアン・ミロ、アレクサンダー・コールダー、須田悦弘、マーク・マンダースらの作品も鑑賞できる。