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アートへの招待67 魅力あふれる反逆のヒーローたちの物語 東京ステーションギャラリーで特別展「水滸伝」
文化ジャーナリスト 白鳥正夫『水滸伝』は、英雄たちの反逆を描く、北宋時代を舞台にした小説だ。江戸時代の日本で一大ブームとなり、現在でも『北方謙三 水滸伝』のタイトルで、今年2月からWOWOWで放送・配信された。東京ステーションギャラリーで9月19日から11月8日まで開催の特別展は、『水滸伝』にまつわる中国および日本の美術と資料を展示。あわせて、英雄たちの生き様や価値観がどのように描かれ、受け取られてきたのかをたどり、『水滸伝』が今なお人々惹きつける理由を探っている。
特別展「水滸伝」のチラシ
中国美術を含む多彩な作品で多角的に提示
『水滸伝』は、『三国志演義』、『西遊記』、『金瓶梅』と並ぶ中国四大奇書の一つで、明時代に成立した武侠小説。物語では、北宋時代末期、国政への不満を抱いた宋江[そうこう]をはじめとする豪傑108人が梁山泊という要塞に集い、革命を起こす。『水滸伝』自体は史実ではないが、『宋史』には徽宗[きそう]朝で宋江率いる36人が梁山泊(実際に山東省西部に存在した沼沢)近辺で反乱を起こしたという記録があり、この宋江反乱の史実をもとに物語が形成されたとみられている。
『水滸伝』の構成は年代ごとに増減があるものの17世紀に70回本が成立し、日本へは江戸時代に輸入され、日本においても爆発的な人気を得た。曲亭馬琴が葛飾北斎の挿絵で『新編水滸画伝』を出版したほか、馬琴は『水滸伝』の日本版ともいえる『南総里見八犬伝』等を著すなど、翻案作品も多数書かれた。歌川国芳が大胆な構図と美麗な彩色によって豪傑たちを描いた浮世絵は今なお新鮮な魅力を放っている。
特別展「水滸伝」のチラシ
本展は『水滸伝』の物語をつぶさに紹介するものではなく、『水滸伝』に導かれながら北宋~清の中国美術、および江戸~現代の日本美術を広く展観するものだ。これまで『水滸伝』に関わる展覧会は、版本や国芳の浮世絵にフォーカスしたものが中心だった。今回は中国美術を含む多彩な作品や資料を通じて『水滸伝』の世界を多角的に提示することで、その魅力を深く掘り下げた、今までにない試みだ。
特別展「水滸伝」のチラシ
『水滸伝』は現代日本においても小説、映画、ドラマ、漫画、ゲーム等の多彩なメディアで取上げられてきたコンテンツとなっている。本展のねらいは、同書をきっかけとして広い世代に中国と日本の美術に親しんでもらおうとの趣旨だ。同時に、同書における単純ではない「忠義」のありようとその受容史から、各時代の世相や思想、理想を知り、翻っては私たちが生きる現在を考える契機とも考えられる。
「通俗水滸伝」シリーズ全74図が一挙公開
今回の展覧会では『水滸伝』に着想を得た作品とともに、物語が生まれた時代背景や世界観を、美術と資料を通して紹介。北宋~清の多彩な中国美術、および江戸~現代にいたるまでの日本美術を多角的に展観し、『水滸伝』の奥深い魅力に迫っている。大阪市立美術館からの巡回展だ。
見どころの第一は、中国美術、日本美術の名品が揃っている。北宋の至宝から、葛飾北斎、歌川国芳、さいとう・たかをまで、幅広い作品が登場する。
第二に、歌川国芳の出世作「通俗水滸伝」シリーズ全74図が一挙公開されている。日本における『水滸伝』ブームのきっかけの一つとなった、ドラマチックで精彩な英雄像を紹介している。
第三は、豪傑たちの生きた世界や『水滸伝』に熱中した人々を知ることが出来る。美術を通して、『水滸伝』の時代背景や世界観に触れ、そのさらなる魅力に出会える。
展示は、5章で構成されている。プレスリリースをもとに、各章ごとの概要と、主な展示品を取り上げる。
第1章は「梁山泊へようこそ」。中国で生まれた物語『水滸伝』は、日本に伝わり、長く愛されてきた。その世界を鮮やかに描き出したのが、江戸時代後期の浮世絵師・歌川国芳だ。国芳の出世作《通俗水滸伝豪傑百八人之一人 花和尚魯知深初名魯達 》や《通俗水滸伝豪傑百八人之一個 九紋龍史進 跳澗虎陳達》、《通俗水滸伝豪傑百八人之一個 小李広花栄》(いずれも江戸時代・19世紀、個人蔵)では、豪放な好漢たちが、筋骨たくましい姿で画面いっぱいに躍動している。この連作は現在74枚が確認されており、そのすべてが一挙公開される。
歌川国芳《通俗水滸伝豪傑百八人之一人 花和尚魯知深初名魯達》(江戸時代・19世紀、個人蔵)
歌川国芳《通俗水滸伝豪傑百八人之一個 九紋龍史進 跳澗虎陳達》(江戸時代・19世紀、個人蔵)
歌川国芳《通俗水滸伝豪傑百八人之一個 小李広花栄》(江戸時代・19世紀、個人蔵)
第2章は「豪傑たちの生きた時代」。『水滸伝』の舞台となった北宋時代の末期は、都市経済と文化が大きく栄えた時代だった。その繁栄を象徴する作品が、都・開封[かいほう]の賑わいを描いた重要文化財、趙浙[ちょうせつ]の《清明上河図》(明時代・万暦5年 1577年、林原美術館、会期中場面替えあり)だ。燕文貴[えんぶんき]の《江山楼観図》や、宮廷で珍重された汝窯[じょよう]《青磁 水仙盆》(北宋時代・11世紀末–12世紀初、大阪市立東洋陶磁美術館[住友グループ寄贈/安宅コレクション])なども並ぶ。
重要文化財 趙浙《清明上河図》部分(明時代・万暦5年 1577年、林原美術館、会期中場面替えあり)
《青磁 水仙盆》汝窯(北宋時代・11世紀末–12世紀初、大阪市立東洋陶磁美術館[住友グループ寄贈/安宅コレクション])
重要文化財である米芾[べいふつ]の《草書帖》(北宋時代・紹聖4年 1097~元符2年 1099年、大阪市立美術館[武居巧氏寄贈]、10月3~25日展示予定)と、仇英(款)《九成宮図》部分(明時代・16世紀、大阪市立美術館大阪市立美術館[阿部コレクション]、会期中場面替えあり)と、燕文貴《江山楼観図》部分(北宋時代・10~11世紀、大阪市立美術館[阿部コレクション]、会期中場面替えあり)、黄庭堅[こうていけん]や、蘇軾[そしょく]の書など、北宋文化を代表する名品の数々が出品される。
重要文化財 米芾《草書帖》(北宋時代・紹聖4年 1097~元符2年 1099年、大阪市立美術館[武居巧氏寄贈]、10月3~25日展示予定)
仇英(款)《九成宮図》部分(明時代・16世紀、大阪市立美術館大阪市立美術館[阿部コレクション]、会期中場面替えあり)
燕文貴《江山楼観図》部分(北宋時代・10~11世紀、大阪市立美術館[阿部コレクション]、会期中場面替えあり)
しかし、華やかな都市文化の裏では、重税や格差に苦しむ人々も多く、社会には不安が広がっていた。『水滸伝』の豪傑たちが生まれた背景には、こうした矛盾を抱えた時代の姿がある。繁栄と不穏が交錯する北宋時代末期の世界を、宮廷文化と文物を通して辿っている。
文学や美術だけでなく多様なメディアで展開
第3章は「武侠小説・水滸伝の誕生と流行」。『水滸伝』はフィクションだが、そのルーツには徽宗朝で起きた宋江の反乱(1121年)がある。史実では盗賊として記録された宋江一味も、宋末元初に龔開[きょうかい]が「宋江三十六賛」で義勇を称えたように、次第に“義”を重んじる英雄として語られることとなる。
美麗な挿画を備えた120回本の『忠義水滸全伝』(明時代末・17世紀、東京大学東洋文化研究所、会期中ページ替えあり)をはじめ、パラレルワールド的世界を描く『新刻繍像批評金瓶梅[しんこくしゅうぞうひひょうきんぺいばい]』(明時代末)、《水滸前本》(清時代・嘉慶年間 18~19世紀、海の見える杜美術館)、夢英の《十八体篆書碑》(北宋時代・太平興国9年/雍熙元年 984年以後、台東区立書道博物館)なども展示される。
さらに中国で描かれた水滸伝群像を日本の絵師が模写した作品などが展示。水滸伝がどのように生まれ、広まり、多層的なイメージを帯びていったのかを鑑賞できる。
『忠義水滸全伝』(明時代末・17世紀、東京大学東洋文化研究所、会期中ページ替えあり)
《水滸前本》(清時代 嘉慶年間・18~19世紀、海の見える杜美術館)
夢英《十八体篆書碑》(北宋時代・太平興国9年/雍熙元年 984年以後、台東区立書道博物館)
第4章は「拡張する英雄像」。17世紀に『水滸伝』が日本にもたらされると、18、19世紀には翻訳や翻案が次々と刊行され、大きな流行を生んだ。
その図像表現の先駆けとして挙げられるのが、曲亭馬琴作・葛飾北斎画『新編水滸画伝』初編 巻之十(江戸時代・文化4年 1807年刊、浦上蒼穹堂)にみられる、北斎ならではの大胆な構図と迫真の人物描写だ。歌川国芳も《狂画水滸伝豪傑一百八人 十番続之内壱》(江戸時代・文政10年 1827年頃、個人蔵)など先行する図様を踏まえつつ独自の創意を加え、多彩な水滸伝世界を描き出した。
曲亭馬琴作・葛飾北斎画『新編水滸画伝』初編 巻之十(江戸時代・文化4年 1807年刊、浦上蒼穹堂)
歌川国芳《狂画水滸伝豪傑一百八人 十番続之内壱》(江戸時代・文政10年 1827年頃、個人蔵)
『水滸伝』のイメージは歌舞伎、狂画や、遊女を豪傑になぞらえた錦絵、さらには双六や半纏にまで広がり、江戸の人々の日常へ深く浸透していく。さらに『水滸伝』の英雄像は、馬琴の『南総里見八犬伝』を生み、日本独自の英雄像へと姿を変えながら、鮮やかに拡張していった。
ここでは、歌川国芳、卍斎田蝶の《水滸伝浪切張順刺子半纏》(江戸時代・19世紀、其角堂コレクション)、《水滸伝豪傑双六》(文政12年 1829年、個人蔵)も目に留まる。
卍斎田蝶《水滸伝浪切張順刺子半纏》(江戸時代・19世紀、其角堂コレクション)
歌川国芳《水滸伝豪傑双六》(文政12年 1829年、個人蔵)
最後の第5章は「忠義のゆくえ」。『水滸伝』は現代にいたるまで読み継がれ、文学や美術だけでなく、映画、ドラマ、漫画、ゲームなど多様なメディアで新たな解釈が重ねられてきた。梁山泊の豪傑たちは、時代ごとに異なる姿で描かれ、「水滸伝」という言葉自体も豊かな広がりをみせている。
この章では、小説を彩った挿絵や漫画原画、白髪一雄の足で描いたアクション・ペインティング《天魁星呼保義》(1964年、京都国立近代美術館)、さいとう・たかを《『水滸伝』原画》(1996年)、連続ドラマ「北方謙三 水滸伝」の衣裳(左から林冲、宋江、晁蓋[ちょうがい])、小林勇輝のパフォーマンスなども興味を引く。
白髪一雄《天魁星呼保義》(1964年、京都国立近代美術館)
さいとう・たかを《『水滸伝』原画》(1996年)
《連続ドラマ「北方謙三 水滸伝」衣裳》左から林冲、宋江、晁蓋(2026年)©︎北方謙三/集英社 ©︎2026 WOWOW/NTTドコモ
これらの資料を通して、『水滸伝』が現代日本の文化・芸術の中でどのように展開し、忠義や抵抗といった主題がどのように変容してきたのか、その行方を探っている。
