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アート鑑賞の玉手箱3 仏教の流れを説き、魅力を伝える三企画展
文化ジャーナリスト 白鳥正夫泰西名画の展覧会が盛況の一方で、地味ながら日本の仏教文化を地道に紹介する展覧会が企画されているこ とに注目したい。仏像は信仰の対象とはいえ、その姿は美しく、仏教に関する仏画、経典や典籍なども美術的に優れている。寺社で拝観するのと違って、美術館 では適度な照明の下でじっくり鑑賞できる。関西で開催されている三つの企画展を取り上げる。仏教は紀元前5~6世紀にインドで興った。そして紀元前後に中 国に普及し、6世紀半ばに朝鮮半島を経て日本に伝わったとされる。そうした仏教の流れをたどり、現在に受け継がれてきた趣旨や意義、その魅力を伝えたい。
生涯にスッポットをあてた「玄奘」展
『西遊記』で親しまれている三蔵法師こと玄奘三蔵(602?-664)は、今から約1400年前の7世紀、真の仏法を求めて唐の都・長安(中国の西安)から天竺(インド)へ往復17年もかけて旅をし、持ち帰った仏典を翻訳した。その後の日本の仏教にも多大な影響をもたらせた玄奘は、多くの偉業とともに多くの困難や苦悩とも向き合った。そうした生涯にスポットをあてた展覧会「三蔵法師 玄奘 迷いつづけた人生の旅路」が、京都・龍谷ミュージアムで9月27日まで開催中だ。
「木造 玄奘三蔵坐像」(鎌倉時代、奈良・薬師寺蔵)
今回の展覧会には、玄奘を法相宗の始祖と崇める同宗大本山薬師寺に伝わる仏像や経典をはじめ龍谷大学その他所蔵の文化財などを中心に127件の出品。「玄奘さんってどんな人?」の序章から「伝記」「仏教に出会う」「天竺に旅する」「唐に帰り訳経に挑む」「死してなお…」の5章立てで、分かりやすく構成している。
玄奘の姿は、経典をぎっしり積み込んだ笈を背負って、脚絆を着け、草履を履いた旅姿の僧を描いた重要文化財の「玄奘三蔵像」(鎌倉時代、東京国立博物館蔵)が有名だが、左手に経典を手にする「木造 玄奘三蔵坐像」(鎌倉時代、薬師寺蔵)が出品されている。
数ある高僧伝絵巻の中でも屈指の出来栄えと評価されているのが、国宝の「玄奘三蔵絵」(鎌倉時代、藤田美術館蔵)の巻第二(9月8日以降は巻第四)も目玉。全12巻、全長にして190メートルを超える長大な画面にわたって描いた絵巻物で、巻第二には砂漠で難に遭いながらも般若心経を唱え天竺に進む玄奘の姿が色鮮やかに描かれている。
「玄奘三蔵絵」(鎌倉時代、藤田美術館蔵)
このほか、いずれも重要文化財の「大慈恩寺三蔵法師伝巻第一・巻第十」(平安時代、興福寺蔵)や「大唐西域記第八・巻第九」(平安時代、法隆寺蔵)が出展されている。ほかに国宝「慈恩大師像」(平安時代、薬師寺蔵、9月6日まで)、「五天竺図(甲本)」(南北朝時代、法隆寺蔵)、河鍋暁斎が描いた「西遊記 西天竺経文取之図」(1864年、国際日本文化研究センター蔵)など、玄奘ゆかりの展示品が目白押しだ。
「奉献仏塔」(インド・ビハール州、10-12世紀、奈良・薬師寺蔵)
「大蔵会」100回記念の「仏法東漸」展
日本に普及した仏教文化を取り上げているのが、京都国立博物館で9月6日まで開催の「仏法東漸 仏教の典籍と美術」だ。仏教に関する典籍の展観を中心とした仏教行事「大蔵会(だいぞうえ)」は大正天皇の即位に合わせて1914年に東京で行われたのが最初で、現在では京都のみで続けられている。その100回を記念しての特別展で、平成知新館一階の5部屋を会場に、二部構成で国宝12点、重要文化財34点を含む約100点が展示されている。
重要文化財「続高僧伝巻第二十八巻末)」(京都国立博物館蔵)
第一部の「釈尊の教え」では、「大蔵会」に由来する「大蔵経(一切経)」を展示し、古写経コレクションとして名高い守屋コレクションを中心に、日本だけでなく中国や朝鮮半島で作られた経典もある。こうした書写は膨大な人手と時間、材料を要するのに、奈良時代から相当数作られたようだ。
重要文化財「六代祖師像のうち初祖達磨」(京都・妙心寺蔵)
とりわけ国宝の「大楼炭経 巻第三」(中国・唐時代 673年、知恩院蔵)は、書写年代が明確に示され、発願者と供養対象者がともに正史に名をとどめる貴重な遺品。典型的な唐代写経の規格に則るもので、知恩院第七十五世養鸕徹定 (うがいてつじょう)の蒐集品だ。
第二部の「教えのひろがり」では、仏教各宗派の宗祖に焦点を当て、それぞれの宗祖に関連する書跡や絵画、工芸品を展示。空海筆の「灌頂歴名(かんじょうれきめい)」(平安時代、神護寺蔵)一巻は、空海が高雄山寺(後の神護寺)で、「灌頂」を授けた人物の名前を記録したもの。筆頭に天台宗の開祖の最 澄の名前があり、両者の交流を知ることのできる資料として国宝に指定されている。
また国宝「法然上人絵伝」(鎌倉時代、知恩院蔵)の巻第九には「経供養」の場面が取り上げられ、後白河法皇が営んだ「如法経供養」において、法然が先達を勤めた様子が描かれている。このほかいずれも国宝の「教行信証(坂東本)親鸞筆」(鎌倉時代、真宗大谷派[東本願寺]蔵)や「阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)」(鎌倉時代、知恩院蔵)など名品がずらり並んでいる。
国宝「法然上人絵伝巻九 部分」(京都・知恩院蔵)
「白鳳」展は魅力的な金銅仏など一堂に
7世紀半ばから都が平城京に遷る8世紀初めにかけて、天皇を中心とする国造りが行われ、魅力的な仏像が数多く生まれた。飛鳥でも天平でもないこの時代を後世、美術史学や考古学では白鳳と呼ぶ。奈良国立博物館では「白鳳―花ひらく仏教美術―」を9月23日まで開催している。開館120年記念特別展として、白鳳期に作られた金銅仏などの彫刻と考古遺物を中心に工芸品や絵画など、ずらり代表作約150件を一堂に集めている。
白鳳期、唐との直接的な交渉は一時途絶えたことがあったが、朝鮮半島との往来は盛んであり、大陸の先進的な文化がもたらされた。半島から渡来し定住した人たちは、大陸より持ち込んだ技術で、仏像の造形にも変化を与えた。考古遺物に眼を向ければ、寺院址から出土の軒丸瓦や鬼の文様が種々、堂宇壁面を飾っていた塼仏(せんぶつ)も美しく。高度に完成された白鳳文化の豊かさが顕著だ。
国宝「月光菩薩立像」(奈良・薬師寺蔵)の前で法要
展示品の超目玉が、薬師寺の国宝「月光菩薩立像」は、専用個室での特別展示。金堂本尊の「薬師三尊像」の右脇侍(きょうじ)で、普段は「日光菩薩像」とセットになっている。「薬師瑠璃光如来」の脇役だが今回は主役。光背も取ってあり、ぐるり360度回って観ることができる。優美にひねった腰、安定 感のあるプロポーションは格別。3メートルを超す大きさだが、優雅さが勝って圧迫感がない。
国宝「観音菩薩立像(夢違観音)」(奈良・法隆寺蔵)
もう一つの目玉である法隆寺の国宝「観音菩薩立像(夢違観音)」は、高さ87センチ足らずの小像だが、存在感がある。東院絵殿に伝来し、悪夢を善夢に変えてくれるという信仰から、夢違観音の愛称で親しまれる。白鳳様式の掉尾(とうび)を飾る名品といえる。
大阪・野中(やちゅう)寺の重要文化財「弥勒菩薩半跏像」(9月16日までの展示)は、坐高が18.5センチの小像で、台座に「弥勒」の尊名と「丙 寅(へいいん)」の暦年を刻まれた、極めて重要な作品。一方、興福寺の国宝「仏頭」(8月27日までの展示)は頭だけで98センチの大きさ。若々しく凛々しい顔立ちで白鳳仏の特徴が見てとれる。
このほか長谷寺の国宝「銅板法華説相図」は法華経が説く逸話を描き、寺院の堂内を美しく飾った仏教工芸品。現在解体修理中の国宝「薬師寺東塔相輪水煙」も、この機会に見逃せない。
国宝「銅板法華説相図」(奈良・長谷寺蔵)