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シルクロード国献男子30年 第18回 「屈鉄線」壁画保護と「新シルクロード展」

国際協力実践家 小島康誉

日中共同隊が発掘した「西域のモナリザ」などの壁画。これは仏教美術史では大発見ともいえることのようです。1949年に焼損した法隆寺壁画は「鉄線描」で描かれています。その源流の実物資料ともいえる「屈鉄線」で描かれた壁画だったからです。

さっそくニヤ機構の会議でニヤ調査の関連事業として実施する承認を得て、新疆文物局へ共同研究・保護を提案。協議書を交わし、国家文物局(日本の文化庁に相当)の許可も取得し、遺跡の本格調査・壁画研究・壁画保護を開始しました。

仏教美術の専門家である井上正京都国立博物館名誉館員(故人)や安藤佳香佛教大学教授は大興奮。実見した井上氏は「内容は豊富、西域壁画の最高傑作のひとつ、文献にある『用筆緊勁にして屈鉄盤絲の如し』そのものを見ているようだ」と、安藤教授は「新出壁画に見られる法隆寺金堂旧壁画の源流を思わせる鉄線描には、ホータンの王族に出自をもつ名画家尉遅乙僧の画風をしのばせるものがある。精彩に富む瞳の動きは、拝者の眼と心に深く訴えかけてくる。世界的名画の出現であるといっても過言ではない」とコメント。

2004年第二次隊からは浅岡俊夫六甲山麓遺跡調査会代表や安藤教授らも参加。保護には保存分野トップ沢田正昭国士舘大学教授(元奈良国立文化財研究所埋蔵文化財センター長)や岡岩太郎岡墨光堂社長などに参加いただきました。中国側も馬世長北京大学教授・鉄付徳国家博物館教授といったトップクラスが参加。ありがたいことです。

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ダンダンウイリク遺跡CD-1遺構(撮影:筆者)  トータルスーテションによる測量(撮影:筆者)

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炎天下での発掘(中央が筆者・撮影:乾哲也隊員)   夕食後BCでの実測や資料整理(撮影:筆者)

文化財保護は中国の規則で厳格に管理されています。日中双方で討議し保護原案を策定、国家文物局専門家委員会の審議に合格する必要があります。北京で開かれた審議会合には、日本側から井上・沢田両氏と筆者ら5名、中国側から新疆文物局の艾尓肯・米吉提副局長や張玉忠新疆文物考古研究所副所長・鉄付徳教授が出席し、王丹華・潘路両氏ら6委員に保護原案を中国側が主として説明、彼らも初対面の人が多く午前中は厳しい雰囲気。午後、私が「中華人民共和国の丹丹烏里克(ダンダンウイリク)の女王である王丹華委員長から審査を受けることは光栄です」と発言し流れが変わり承認されました。国際貢献活動は外交的側面があります。厳しい中にもユーモアが必要です。

前述諸氏以外に調査・研究・保護に参加いただいた方々は、安田順惠・岸田善三郎・岸田晃子・清田伶子・中造和夫・高田和行・高田洋子(第一次隊)、孫躍新(ニヤ機構)、近藤謙(佛教大学)、切畑健(大手前大学)、辻本与志一(アートプリザヴェションサービス)、乾哲也・奥山大石・竹下繭子・村上智見(奈良大学)、富澤千砂子(六法美術)、亀井亮子(岡墨光堂)、中国側では盛春寿・李軍(新疆文物局)、張玉忠・佟文康・張鉄男・尼加提・肉孜・托呼提・吐拉洪・阮秋栄・阿里甫江・尼牙孜(新疆文物考古研究所)・買提・卡斯木(和田文管所)、劉勇・何林(亀茲石窟研究所)らの諸氏です。サポート隊はラクダ使い・運転手・コックさんなどです。多くの方々の尽力あればこそできる国際貢献です。

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日中双方での保護計画の打ち合わせ(撮影:佟文康氏)     双方での保護処理(撮影:筆者)

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発掘現場での壁画(撮影:筆者)      保護処理をおえた壁画を共同研究(撮影:筆者)

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保護処理をおえた壁画、如来・騎馬人物図(撮影:筆者)

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保護処理をおえた壁画、如来図-右は焔肩仏(撮影:筆者)

交渉交渉また交渉

NHK「新シルクロード」取材班の鬼頭春樹氏や事業部の大口伸一氏らから保護処置完了の壁画やミイラを「新シルクロード展」(2005)で展示したいとの要請。さっそく新疆文物局の盛春寿局長と交渉を開始するも難航。なかでもミイラは朝日新聞などの「楼蘭展」(1992)以来、外国展示は禁止されているので不可と。

度々の交渉でようやく子供ミイラを含めて許可取得。この年、交渉などで北京・新疆訪問は14回も。東京都江戸博物館・兵庫県立美術館・岡山デジタルミュージアムで開催できました。

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東京での開会式では王毅中国大使(現外相)も挨拶する予定でした。その頃は北京・上海など中国各地で激しい反日デモが繰り広げられていました。日本でも一部団体による反中活動が。会場周辺は大音量の街宣車が行きかい、厳戒態勢。館内も多数の公安関係。日中双方とも「出席は難しいのでは」と小声で。王大使は開会式途中に到着し、スピーチ。多数のSPにガードされて参観する王大使に盛春寿局長が「彼とこの壁画を発掘し、保護処置を行った」と私を王大使に紹介。大使は日本語で「新疆の文化財保護に尽力いただき感謝します」と手を差し出された。

国際貢献は平和を維持し戦争を抑止

私財を投じてなぜ国際貢献?と度々問われます。「21世紀は国際協力の世紀」ともいわれていますが、今も世界中で戦争・紛争・テロ・・・が続いています。戦争反対と叫ぶだけでなく、相手を批判するだけでなく、具体的な相互理解活動の実践が大切では。国際貢献は平和を維持し戦争を抑止する活動と信じ、細々とですが続けています。過酷な沙漠での文化財保護もその一環です。中国でサーズが流行した時期にも行きました。

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40度にもなる中、砂で食器を洗う(撮影:奥山大石氏)  明け方は零下15度にも(撮影:奥山大石氏)

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夕食もこんな調子(撮影:筆者)     北京便、調査隊4名と中国人3名のみ(撮影:筆者)

1942年名古屋生まれ。佛教大学卒。浄土宗僧侶、国際協力実践家。66年「宝石の鶴亀」(後にツルカメコーポレーション・あずみと社名変更、現エステールHD)を起業。93年株式上場。96年創業30周年を機に退任。中国新疆へは82年以来、150回以上訪問しキジル千仏洞修復保存、ニヤ遺跡やダンダンウイリク遺跡を日中共同で学術調査するなど文化財保護研究・人材育成など国際協力を多数実践。佛教大学客員教授を歴任し現在は佛教大学内ニヤ遺跡学術研究機構代表、新疆ウイグル自治区政府顧問。編著『日中共同ニヤ遺跡学術調査報告書』『日中共同ダンダンウイリク遺跡学術調査報告書』『念仏の道ヨチヨチと』『新疆世界文化遺産図鑑』『中国新疆36年国際協力実録』『Kizil, Niya, and Dandanoilik』『21世紀は共生・国際協力の世紀 一帯一路実践談』「スタイン第四次新疆探検とその顛末」など。日本「外務大臣表彰」・中国「文化交流貢献賞」「人民友好使者」ほか受賞。