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古代エジプト展、「神話」にフォーカス
文化ジャーナリスト 白鳥正夫新型コロナ禍は、さらに勢いを増し第4波へ。閉塞感の漂う世の中にあって、悠久の歴史に思いを馳せることは、気分リフレッシュにもつながる。新装なった京都市京セラ美術館では、「国立ベルリン・エジプト博物館所蔵 古代エジプト展 天地創造の神話」が6月27日まで開催中だ。(ただし緊急事態宣言発令に伴い5月11日までは休館)。なお展覧会は事前予約制になっていないが、入場者をコントロールしているため、予約をお勧めする。
古代エジプト展は、このサイトでも「クレオパトラとエジプトの王妃展」(2015年10月24日号)を取り上げている。これまでも世界各地の所蔵展やテーマを変えて開かれているが、何度見ても、新鮮な驚きがある。筆者はエジプトには2度訪問し、古代遺跡や博物館などを訪ねていて、その印象なども交え報告する。
日本初公開約100点を含む約130点
「古代エジプト展」の会場入り口(京都市京セラ美術館)
エジプトの秘宝といえば、門外不出とされたツタンカーメン王の《黄金のマスク》が思い浮かぶ。高度成長期の1965年に東と岡、京都で開催された特別展では総入場者が293万人の大記録を樹立し、語り草になっている。それ以降、古代エジプト展は数多く開催されてきた。何しろ古代エジプトの出土文物は世界各地に分散しているからだ。
今回はロンドンの大英博物館やパリのルーヴル美術館と並び、ヨーロッパ最大級の規模と質の高さを誇る総合博物館であるベルリン国立博物館群のエジプト博物館から、日本初公開約100点を含む約130点の名品が展示されている。東京都江戸東京博物館に続いての開催で、京都会場後も静岡県立美術館、東京富士美術館に巡回する。ちなみに同時期、オランダの「ライデン国立博物館所蔵 古代エジプト展―美しき棺のメッセージ―」も全国6会場を巡回中だ。
ベルリン国立博物館群は、ドイツの首都・ベルリンに流れるシュプレー川に浮かぶ「博物館島」に、プロイセン王家歴代のコレクションを基礎として1830年に発足した「旧博物館」がその発祥であり、以後、コレクションが増大するにつれ、新たな博物館が次々に建てられた。5つの博物館で構成され、先史時代から現代に至るまで、世界的な規模と質を誇る一大コレクションを有している。
さらに第二次世界大戦や東西ドイツ分裂の時期を経て、1999年には「博物館島」全体がユネスコの世界文化遺産に登録され、2000年代からは各博物館の改築やコレクションの整備が急ピッチで進められている。
エジプト博物館がある新博物館の外観 (C) Staatliche Museen zu Berlin / photo: David von Becker
その一つエジプト博物館は2009年に改修を終えた「新博物館」内にある。17世紀のブランデンブルク選帝侯の所蔵品を発端とし、その後のプロイセン王が主導した発掘や購入により、世界有数のエジプト・コレクションとなった。とりわけ世界で最も有名な女性像の一つとして知られる《ネフェルトイティ(ネフェルティティ)の胸像》」をはじめ、紀元前3000年頃の動物の彫像から、古代エジプトに終焉を告げたローマ皇帝の肖像まで、壮大なエジプト史を網羅する。さらに宗教改革によって個性的な芸術が生まれたアマルナ時代の所蔵品と6万点にものぼるパピルス・コレクションは世界的に注目されている。
古代エジプトでは、森羅万象すべてに神聖が宿ると信じられ、日本の「八百万の神」と同じように多神教の世界だった。古代遺跡からは、「ファラオ」と呼ばれる王の肖像や、様々な動物の姿をした神像が出土している。そこには永遠の生命を願う人々の死生観が反映されていて興味深い。
動物の姿をした神像や王の肖像、「死者の書」
今回の展示テーマは、「天地創造の神話」で、プロローグは「すべては海からから始まった」。古代エジプト人は、この世界は暗闇の中にある混沌とした原初の「ヌン」から始まる、と考えていた。そこから天地が創られた後も、「ヌン」は大海やナイル川の水、雨水などすべての水の根源と想像されていた。
天地創造神話には、「ヌン」の大海に浮かぶ一本のロータス(睡蓮)から世界が創造されたとする神話がある。そのモチーフとしてしばしば描かれる魚とロータスは、水の世界を表現している。《3匹の魚とロータスを描いた浅鉢》(新王国時代・第18王朝、前1450~前1400年頃)は、生命を与えるナイル川を象徴する魚とロータスの花で飾られている。3匹の魚が描かれながら頭は一つで、創造神の多様な側面を表わしている。
《3匹の魚とロータスを描いた浅鉢》(450~前1400年頃) (C) Staatliche Museen zu Berlin, Agyptisches Museum und Papyrussammlung / S. Steisß
プロローグに続き、展示は3章で構成されている。それぞれの章の概要と主な展示品を取り上げる。まず第1章が「天地創造と神々の世界」。古代社会においては、全知全能の神々の力によって、この世の全てが創造されたと考えられていた。暗闇が支配する混沌とした状態から神々の意思により秩序ある世界が創造され、太陽や月、星などの天体から空や雲、砂漠、風などの自然、人や動植物、昆虫などの生物が創造された。古代エジプト人は、この秩序を「マアト」と呼んだ。この章では、神々の姿や、神々が創った森羅万象の造形を紹介している。
《セクメト女神座像》(新王国時代・第18王朝、前1388~前1351年頃)は、ライオンの顔をした女神の石像。後頭部の円盤は太陽を表わし、王の尊厳と力を誇示する。猫の姿をした《バステト女神座像》(末期王朝時代・第26王朝、前610~前595年頃)は、癒しの女神として人気があった青銅像だ。
左)《セクメト女神座像》(前1388~前1351年頃)右)《バステト女神座像》(前610~前595年頃) (C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung / S. Steisß
《ホルスに授乳するイシス女神》(末期王朝時代・第26王朝、前664~前525年頃)は、夫を殺された女神イシスが、息子のホルス神に授乳し、守り育てている彫像だ。母子ともに人間の姿形をしていてほほえましい。頭に三日月を戴く《コンス神像(上半身)》(新王国時代・第19王朝、前1279~前1273年頃)もある。
左)《ホルスに授乳するイシス女神》(前664~前525年頃)(C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung / S. Steisß 右)《コンス神像(上半身)》(前1279~前1273年頃) (C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung
第2章は「ファラオと宇宙の秩序」で、宇宙の全体を支配する秩序・摂理「マアト」は、絶対であり、個々の人間が遵守すべき最も重要な規範・道徳とされた。人間社会のリーダーであるファラオは、社会の中で「マアト」を遵守し、遂行する最高責任者だった。異民族の侵入やファラオに対する謀反といったような「マアト」を揺るがす大きな事件に対しては、「善き神」であるファラオ自身が、強いリーダーシップをもって「マアト」を実践していくことが必要とされた。
ここでは《ハトシェプスト王女あるいはトトメス3世のスフィンクス像(胸像)》(新王国時代・第18王朝、前1479~前1458年頃)が出色だ。人間の頭を持って横たわるライオンとして表わされるスフィンクス像。夫トトメス2世の死後、ハトシェプスト王女はトトメス3世として君臨する男性の王の装いで表わされた。その後方には高さが約1メートルもある《ハトシェプスト王女のスフィンクス像頭部》(新王国時代・第18王朝、前1479~前1425年頃)も展示されている。
左)《ハトシェプスト王女あるいはトトメス3世のスフィンクス像(胸像)》(前1479~前1458年頃)(C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung 右)会場風景。後方に《ハトシェプスト王女のスフィンクス像頭部》(前1479~前1425年頃)
《ネフェルトイティ王妃あるいは王女メリトアテンの頭部》(新王国時代・第18王朝、前1351~前1334頃)は、未完成ながら傑出した彫像だ。王妃あるいは王女とされるのは若い表情につくられているためで、冠を取り付けることを意図した突起が頭部にあり、女王としての表現が明らかだ。
《ネフェルトイティ王妃あるいは王女メリトアテンの頭部》(前1351~前1334頃) (C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung / S. Steisß
さらに《アメンエムハト3世と思われる礼拝する王の立像》(中王国時代・第12王朝、前1853~前1806年)をはじめ、《トゥトアンクアメン(ツタンカーメン)王の前で腰をかがめる廷臣たちのレリーフ》(新王国時代・第18王朝、前1333~前1323年頃)、《トキの姿をしたトト神、2匹のヒヒとマアト女神を伴う祠堂》(末期王朝時代、前664~前332年頃)など様々な造形が並ぶ。
左)《アメンエムハト3世と思われる礼拝する王の立像》(前1853~前1806年) 右)《トゥトアンクアメン(ツタンカーメン)王の前で腰をかがめる廷臣たちのレリーフ》(前1333~前1323年頃) (C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung
《トキの姿をしたトト神、2匹のヒヒとマアト女神を伴う祠堂》(前664~前332年頃) (C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung
太陽信仰に関連する《太陽の船に乗るスカラベを描いたパネヘシのペクトラル(胸飾り)》(新王国時代・第18王朝、前1186~前1070年頃)は、祠堂の形をしている。船の上に大きな青色のスカラベの姿をした太陽神が表現されており、その両側に女神イシス(左)とネフティス(右)が祈りと保護のために手を掲げている。
《太陽の船に乗るスカラベを描いたパネヘシのペクトラル(胸飾り)》(前1186~前1070年頃) (C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung / S. Steisß
同じく太陽信仰を示す展示品に《プタハメス墓のピラミディオン》(新王国時代・第18王朝、前1385~前1351年頃)がある。高級官僚の墓の上部構造に置かれていた小ピラミッドだ。昆虫と人が合体した《創造の卵を持つ持つスカラベとして表現された原初の神ブタハ》(第3中間期・第25王朝、前746~前655年頃)もユニークな造形だ。
《プタハメス墓のピラミディオン》(前1385~前1351年頃) (C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung
《創造の卵を持つ持つスカラベとして表現された原初の神ブタハ》(前746~前655年頃) (C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung
このほか、《アクエンアテン王の立像胴部》、《アクエンアテン王とネフェルトイティ王妃の娘である王女の頭部》、《植物文様が描かれた青色彩文土器》(いずれも新王国時代・第18王朝、前1351~前1334年頃)などが出品されている。
左)《アクエンアテン王の立像胴部》(前1351~前1334年頃)(C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung 右)《アクエンアテン王とネフェルトイティ王妃の娘である王女の頭部》(前1351~前1334年頃)(C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung
《植物文様が描かれた青色彩文土器》(前1351~前1334年頃)(C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung
第3章は「死後の審判」。死者は、墓地の守護神でミイラ作りの神でもある山犬頭をしたアヌビスにより、「二つのマアト(正義)の広間」に導かれる。ここで死者の審判が行われ、死者の心臓は天秤ばかりにかけられ、「マアト」を象徴する羽根と釣り合うか計られた。古代エジプト人は考えたり思ったりする器官は脳ではなく心臓だと考えており、心臓の役割は重要だった。
《タイレトカプの人型木棺(内棺)》(第3中間期末期~末期王朝時代初期・第25~26王朝、前746~前525年頃)は、ミイラ守るため外棺の中に内棺があった。全体に「死者の書」から抜粋した呪文が装飾として用いられている。
《タイレトカプの人型木棺(内棺)》(前746~前525年頃)(C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung
展覧会や図録の表紙を飾る《パレメチュシグのミイラ・マスク》(ローマ支配時代、後50~後100年頃)は、男性のミイラを覆っていた華麗なマスク。部分的に金箔が貼られ、華美に装飾された長い鬘(かつら)をまとう。額にはカールした髪も見える。デモティック(民衆文字)の銘文が施されている。
左)《パレメチュシグのミイラ・マスク》正面(後50~後100年頃)(C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung / M. Büsing 右)《パレメチュシグのミイラ・マスク》横面(後50~後100年頃) (C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung/ M. Büsing
古代エジプト人の死生観を示すのが、魂は死後も身体と関連していき続けると考えられ、ミイラ化した人の臓器を特別な容器に納めた。《タバケトエンタアシュケトのカノポス容器》(第3中間期・第22王朝、前841~前816年頃)は、ホルス神の姿の異なる容器で保護された。また《ミイラの覆い布》(ローマ支配時代、後1~2世紀頃)は、死者のミイラ姿のオシリス神像を中心に描かれている。装飾の構成は太陽の航行と同じように死と再生のサイクルに統合する役割を担った。
《タバケトエンタアシュケトのカノポス容器》(前841~前816年頃) (C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung
《ミイラの覆い布》(ローマ支配時代、後1~2世紀頃)(C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung
長さ4メートルを超える《タレメチュエンバステトの「死者の書」》(プトレマイオス時代、前332~前246年頃)は、タレメチュエンバステという名の女性に捧げられた。死後に必要な知識を呪文と挿絵によって示したものだ。
《タレメチュエンバステトの「死者の書」》(前332~前246年頃) (C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung / A. Paasch
《王の書記ウプウアウトメスのステラ》(新王国時代・第18王朝、前1550~前1292年頃)や、《神々を礼拝する死者とその家族を描いたカマのステラ》(新王国時代・第19~20王朝、前1292~前1070年頃)など図像にはメッセージが込められている。
左)《王の書記ウプウアウトメスのステラ》(前1550~前1292年頃) (C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung 右)《神々を礼拝する死者とその家族を描いたカマのステラ》(前1292~前1070年頃) (C) Staatliche Museen zu Berlin, Ägyptisches Museum und Papyrussammlung
貴重な人類の遺産、発掘による発見続く
紀元3000年も前から栄えた古代エジプトでは想像力に満ちた唯一物を生み出した。動物の姿をした神像、神として崇められた王の肖像、ミイラを納めた棺など興味は尽きない。こうした遺物は太陽が西に沈んでも、翌朝には東の空から昇るように、人も死後に再生するという宗教観を反映していた。
筆者はエジプトを2003年と2015年の2度訪ね、壮大なピラミッドをはじめナイル川の上流のルクソールやアスワン、アブ・シンベルなど古代エジプトの遺跡を巡った。ファラオたちはピラミッドを築くのをやめ、専ら王族たちの墓所となった「王家の谷」では、「ツタンカーメン王の墓」の厨子の置かれた玄室壁面には、冥界の世界を描いた彩色画が遺されていた。
何代も続いた王墓のほとんどが盗掘されていた。その一部も世界各地に分散したのであろう。盗掘を免れた「ツタンカーメン王の墓」の《黄金のマスク》や三重の棺、膨大な副葬品などは5年の歳月をかけカイロの国立博物館に運ばれた。これらは博物館で鑑賞し、目を見張ったものだ。
時を経て、発掘された出土品は後世への貴重な人類の遺産だ。今年になっても、年初に世界最古とされる「階段ピラミッド」があるエジプトのサッカラの近くにある遺跡で、ミイラを納める人型の棺、50基以上を発見している。今月に入って、ルクソール近くの遺跡から、失われた古代エジプトの都市が丸ごと発掘されるという、100年に1度級の重大発見ニュースも飛び込んできた。
神秘と謎に包まれた古代エジプト文明の解明の歴史は浅く、まだ200年余に過ぎない。この間、エジプトの歴史的な逸品は流出を続けた。カイロの博物館以外にも、イタリア、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカの有名博物館のコレクションとなっている。コロナ禍、今回の展覧会を感慨深く鑑賞するとともに、今後の発掘に、大いに期待を寄せたい。