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国献男子ほんわか日記177 タクラマカン沙漠一周鉄路2712㎞完乗して
国際協力実践家 小島康誉新疆の南部に広がるタクラマカン沙漠は日本の総面積の約9割と広大、サハラに次ぐ世界第二の大沙漠。古より「死の海」と恐れられてきた。高さ数m数10mの砂丘が延々と連なり、強烈な太陽が照り付け、方向感覚は鈍り落命した人も少なくない。沙漠奥地に残存するニヤ遺跡やダンダンウイリク遺跡で長年にわたり調査してきた筆者は沙漠の恐ろしさを熟知し、沙漠初心者に必ず「トイレでも遠くへ行かないように」と注意するほど。沙漠のない日本で沙漠の過酷さを理解するのは容易ではない。
タクラマカン沙漠は南新疆の発展の足かせとなっていた。沙漠北縁に所在するコルラまでは40年ほど前に鉄道開通。順次延長工事が行われ、アクス・カシュ・ホータンまで営業していた。またコルラからルオチェン経由で青海・チベットなどへの路線も営業していた。未開通だったホータン~ルオチェン間825㎞が昨年6月に開通し、タクラマカン沙漠一周鉄路2712㎞が完成した。大沙漠一周の世界初の鉄路である。筆者は「ほんわか」143で「タクラマカン沙漠一周鉄道開業を熱烈祝賀!」を発信(22/6/28)した。
小僧が利用した右側3段ベッド6人席、通路を挟んで休憩用イス席(撮影:筆者)
今回、南新疆の数都市視察に「タクラマカン沙漠一周鉄路」を利用した。人々の生活ぶりを肌感覚で理解するため。コルラ、ルオチェン、チエモー、ミンフゥン、ホータン、カシュ、アクスで乗り継ぎ12日目にコルラ安着。3段ベッド向い合い6人席を利用した。ほぼ満席の乗客にギスギス感はなく、移動を楽しむ姿に生活は正しく向上していると感じた。車内販売も回ってくる。給湯器もあり即席麺を楽しめる。トイレはいわゆる「和式」、車両によっては「洋式」も。列車内は禁煙だが、デッキで喫煙する人も少なくない。
雄大な崑崙山脈や天山山脈、沙漠、鉄路を砂から守る防砂帯、農園、民家、工場などが車窓から楽しめる。乗客との四方山話も楽しい。都市間には空路が次々と開かれ高速道路も開通しているが、輸送量が格段に多い鉄道の開通は南新疆の発展に大きな役割を果たすだろう。どこかのTV局さん「タクラマカン沙漠一周鉄路2,700㎞の旅」、如何ですか? 面白い番組になるのでは。新疆政府との仲介は引受けます。「タクラマカン沙漠一周鉄道2712㎞を旅行社ツアーでなく完乗した初の外国人」と方々で言われたが、果たして?「タクラマカン沙漠一周鉄道2712㎞完乗で、生活向上を実感」(レコチャ)では、切符など写真も多数掲載。興味あれば下線部分クリックください。(11/07記)
嬉しい再会に感謝!
新疆3週間視察旅行では、懐かしい友人たちと再会した。アチコチの町々で。握手しハグし乾杯し互いに喜んだ。数百人になるだろう。政府関係の人たち、文化文物関係の人たち、教育関係の人たち、報道関係の人たち・・・。共に努力し、共に笑った40年。嗚呼40年。
山谷こえて前進つづけた親友とカンパーイ!(撮影:姚鑫燾氏)
こんな再会もあった。南新疆で女性が「小島先生ですね」と話しかけてきた。「報道で新疆へ来られていることを知った。30数年前にコルラ近くのパルンタイで、父親と一緒に会った」とスマホに保存している写真を見せてくれた。確かに筆者が写っていた。微かに記憶の糸を手繰った。両親はすでに他界し、妹と頑張っていると。コルラ政府の歓迎夕食会で、親を想う歌を涙うかべて中国語とモンゴル語で唄ってくれた。全員が感謝を込めて拍手した。
話変わり日本での再会。コロナ禍3年間もJR品川駅前で「頑張って」いた路上生活者Y嬢、夏ごろから見えなくなり心配していた。先週、数ヵ月ぶりに再会。げっそり痩せていた。言葉少なく「食べていない」と。牛丼・焼鮭・ハンバーグ・豚汁などを一緒した。パン・カップ麺・ソーセージなどや寸志も提供、励まし別れた。ガンバレ~