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アートへの招待18 大阪と神戸で“美の競宴”、軍配は?

文化ジャーナリスト 白鳥正夫

大阪と神戸で、まさしく“美の競宴”。大阪市立美術館で特別展「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」、神戸市立博物館では「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」が、ともに9月25日まで開催中だ。相撲用語で言えば、かたやフェルメール初期の傑作《窓辺で手紙を読む女》を修復後の当初の姿を所蔵館以外では世界初公開、こなたスコットランドの誇る至宝の中から、ラファエロなど西洋絵画史を彩る巨匠たちの作品が集結、といった魅力あふれる内容だ。軍配はどちらに上がっても不思議ではない2つの海外大型展を取り上げる。“美の競宴”とはいえ、両館が提携し、相互割引を取り入れ、双方の観覧券(半券可、オンラインチケットを含む)のご提示により、当日一般・大学生料金から100円割引を適用している。

大阪市立美術館の特別展「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」

フェルメール初期の傑作《窓辺で手紙を読む女》
 所蔵館以外で世界で初公開!修復の過程も明かす

17世紀のオランダ絵画の巨匠ヨハネス・フェルメールと言えば、現存する作品が35点とも言われている寡作で、世界的に人気を博する。日本では「フェルメール展」が何度も来日。2018年には日本美術展史上最多の9点が一堂に会したが、今回は1点。しかしその1点は、《窓辺で手紙を読む女》で、大規模な修復プロジェクトによってキューピッドの画中画が現れた注目の作品だ。

今回の展覧会には、ドレスデン国立古典絵画館がこの傑作を収蔵するきっかけになったザクセン選帝侯の貴重なコレクションも出品。フェルメールと同時代に活躍したレンブラント・ファン・レイン、ハブリエル・メツー、ヤーコプ・ファン・ライスダールなどオランダ絵画黄金期を彩る珠玉の名品約70点が展示されている。なお東京都美術館を皮切りに、北海道立近代美術館、大阪市立美術館での開催後、宮城県美術館(10月8日〜11月27日)へ巡回する。

所蔵館のあるドレスデンは、ドイツ中西部に位置するチェコ国境に近い都市で、ザクセン州の州都である。陶磁器の町として有名なマイセンまで約25キロと近く、エルベ川が両市を結ぶ重要な交通路であった。そして人もモノも行き交う土地では16世紀のザクセン選帝侯ら歴代君主によって美術品の収集が行われ、ヨーロッパでも有数の貴重なコレクションが築かれてきた。ちなみに「選帝侯」とは神聖ローマ帝国の皇帝を選ぶ選挙権を持っていた7つの有力な諸侯のことをいう。

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ドレスデン国立古典絵画館 © SKD, photo: Kreische/Boswank

展示は、「レイデンの画家―ザクセン選帝侯たちが愛した作品」「レンブラントとオランダの肖像画」「オランダの風景画」「聖書の登場人物と市井の人々」「オランダの静物画―コレクターが愛したアイテム」「ドレスデン国立古典絵画館―コレクションの歴史と特徴」「《窓辺で手紙を読む女》、調査と修復」の7章で構成されている。作品に見応えがあるのは当然として、もう一つの見どころとして、《窓辺で手紙を読む女》の大規模な修復プロジェクトの過程が明かされている。

まずは目玉となっている《窓辺で手紙を読む女》(1657-59年)の展示は最後の第7章で、広いフロアの2室を使って、まず修復プロジェクトの過程を、そしていよいよ弓を持つキューピッドの描かれた本来の姿のお披露目となる。

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ヨハネス・フェルメール 《窓辺で手紙を読む女》修復前(1657-59年頃、ドレスデン国立古典絵画館) © Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Herbert Boswank (2015)

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ヨハネス・フェルメール 《窓辺で手紙を読む女》修復中(1657-59年頃、ドレスデン国立古典絵画館) © Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Wolfgang Kreische

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ヨハネス・フェルメール 《窓辺で手紙を読む女》修復後(1657-59年頃、ドレスデン国立古典絵画館) © Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Wolfgang Kreische

ところで《窓辺で手紙を読む女》は、窓から差し込む光の表現、室内で手を読む女性像など、フェルメールが自身のスタイルを確立したといわれる初期の傑作だ。この絵を海外貸し出しに際し、1979年にⅩ線写真が撮影された。この調査で女性の背後の壁にキューピッドが描かれた画中画が塗り潰されていることが判明し、長年、その絵はフェルメール自身が消したと考えられてきた。

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X線調査画像 © Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden; Fine Arts Museum of San Francisco; © SKD, photo: W. Kreische

しかし、2017年の調査により、その画中画はフェルメールの死後、何者かにより消されていたという最新の調査結果が、2019年に発表され、5月には修復を決定。翌年に修復が開始された。キューピッドが出現した修復途中の作品が、記者発表にて公開された。4年近い歳月をかけて昨年9月にようやく修復が完了し、壁面のキューピッドが公開された。

こうした修復プロジェクトの過程がパネルと映像で紹介されている。ニスを落としたり壁の上塗りを剥がしたりする瞬間も映像で観ることができる。世界に30数点しか現存作がない画家の作品に手を入れるという修復は、さぞかし緊張の作業であっただろう。そしていよいよキューピッドの描かれた本来の姿のお披露目だった。誰が・いつ・なぜ? キューピッドを隠したのか、現時点で確かなことは分かっていないそうだが、興味は尽きない。

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修復作業の様子 © SKD, photo: Kreische/Boswank

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修復作業の様子 © SKD, photo: Kreische/Boswank

修復前の同作品のザビーネ・ベントフェルトによる複製画(フェルメールの原画に基づく)も展示されていて、比較もできる。古くなり変色したニスを全面的に取り除いたので、画面が驚くほど色彩が鮮やかになっている点にも着目だ。

とりわけ、画面左の窓枠の「青色」や手前のテーブルの上の果物などフェルメールが描いた当時の色が戻っている。額縁も新しくなっているという。現代の高度な修復技術にも驚きだ。

フェルメール作品以外にも観るべき作品が多く、章ごとに主な作品を画像とともに掲載する。作品は、いずれもドレスデン国立古典絵画館所蔵。

第1章は「レイデンの画家ーザクセン選帝侯たちが愛した作品」。レイデンはレンブラントの故郷でもあるオランダ南西部の街で、同国初の大学も置かれた古都だ。ヘラルト・ダウ、フランス・ファン・ミーリス、ハブリエル・メツーら、レイデンで活躍した風俗画家たちの作品が展示されている。

この章には、ハブリエル・メツーの《レースを編む女》(1661-64年頃)や、ヘラルト・テル・ボルフの《手を洗う女》(1655-56年頃)、《手紙を読む兵士》(1657-58年頃)などの作品があり、フェルメール作品にも通じる市井の人々の日常の姿が見てとれる。

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ハブリエル・メツー《レースを編む女》(1661-64年頃、ドレスデン国立古典絵画館)© Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Elke Estel/Hans-Peter Klut

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ヘラルト・テル・ボルフ 《手を洗う女》(1655-56年頃、ドレスデン国立古典絵画館) © Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Elke Estel

第2章の「レンブラントとオランダの肖像画」には、薄明かりで微笑む女性を描いたレンブラント・ファン・レインの《若きサスキアの肖像》(1633年)をはじめ、ピーテル・コッドの《家族の肖像》(1643年)など17世紀のオランダで著しく発展した肖像画の数々が展示されている。

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レンブラント・ファン・レイン《若きサスキアの肖像》(1633年、ドレスデン国立古典絵画館)© Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Elke Estel/Hans-Peter Klut

海洋貿易で繁栄を迎えた当時のオランダでは、ブルジョワジー以外にもあらゆる階級の人々が肖像画を依頼し、フランス・ハルス、バルトロメウス・ファン・デル・ヘルストら優れた肖像画家を輩出した。レンブラント作品の隣にはホーファールト・フリンクによる《赤い外套を着たレンブラント》(1640年頃)の肖像画も見ることができる。

第3章の「オランダの風景画」には、17世紀オランダで最も著しい発展を遂げたジャンルである風景画の作品が展示されている。本展の中でも比較的大きなサイズの作品が集まる空間でもある。ニコラース・ベルヘム《滝のそばの牧人たちと家畜》(1655年頃)、ヤーコプ・ファン・ライスダールの 《城山の前の滝》(1665-70年頃)などオランダの画家たちが描く風景画は、特に1630年代以降においては、自分たちの身近にある自然をモチーフとしたことが特長としてあげられる。

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第3章「オランダの風景画」の展示

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ヤーコプ・ファン・ライスダール 《城山の前の滝》(1665-70年頃、ドレスデン国立古典絵画館)© Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Elke Estel

続く第4章の「聖書の登場人物と市井の人々」では、旧約聖書の物語をモチーフにしたヤン・ステーンの《ハガルの追放》(1655-57年頃)や、風俗場面の《カナの婚礼》(1674-78年頃)などが出品されている。

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ヤン・ステーン 《ハガルの追放》(1655-57年頃、ドレスデン国立古典絵画館) © Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Elke Estel/Hans-Peter Klut

そして第5章は「オランダの静物画ーコレクターが愛したアイテム」。17世紀オランダで盛んに製作されたジャンルである静物画の作品が集められている。ヨセフ・デ・ブライ《ニシンを称える静物》(1656年)、無数の花が咲き誇るヤン・デ・へームの《花瓶と果物》(1670-72年頃)、ピーテル・デ・リング の《キジのパイがある静物》(1652年) など写実的に描いた作品が展示されている。

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ヨセフ・デ・ブライ 《ニシンを称える静物》 1656年 ドレスデン国立古典絵画館 © Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Elke Estel/Hans-Peter Klut

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ヤン・デ・ヘーム 《花瓶と果物》(1670-72年頃 、ドレスデン国立古典絵画館) © Gemäldegalerie Alte Meister, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Photo by Elke Estel/Hans-Peter Klut

第6章の「複製版画」は、19世紀半ば以降、画集としてまとめられ、世界中に流通した。版画家のアルバート・ヘンリー・ペインが制作したドレスデン国立古典絵画館の所蔵作品の複製版画11点が並んでいる。

神戸市立博物館の「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」

巨匠の名がずらり約90点が集結、日本初公開の
 ベラスケス初期の傑作《卵を料理する老婆》も

ラファエロ、エル・グレコ、ルーベンス、ベラスケス、レンブラント、ヴァトー、ブーシェ、コロー、スーラ、ルノワールなど、美術史にその名を刻む巨匠たち(THE GREATS)の作品が大挙して展観。ヨーロッパの巨匠たちによる芸術に触発されて生まれた、ゲインズバラ、レノルズ、コンスタブルらによる英国絵画、さらにレイバーン、グラントらスコットランド出身の画家たちの名品も多数出品。合わせて87件89点の作品のうち、75点が日本初出品という(1991年以降のスコットランド国立美術館の記録による)。こちらも東京都美術館を皮切りに、神戸市立博物館での開催後、北九州市立美術館(10月4日〜11月20日)へ巡回する。

「北のアテネ」とも称される古都・エディンバラは、周辺の壮大な自然環境と、起伏に富む重厚な街並みが広がる。その中心に1859年に開館したスコットランド国立美術館は、現在では毎年230万人以上が訪れる、ヨーロッパでも屈指の規模を誇る美術館となっている。その収蔵品は、中世から現代にいたる西洋美術史をカバーしつつ、英国、特に地元スコットランドの芸術家たちの作品に関して唯一無二のコレクションを形成してきた。

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スコットランド国立美術館外観 Photograph courtesy of National Galleries Scotland 以下の作品写真は、すべてスコットランド国立美術館所蔵

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アーサー・エルウェル・モファット《スコットランド国立美術館の内部》(1885年)© Trustees of the National Galleries of Scotland

こちらの展示構成は、「ルネサンス」「バロック」「グランド・ツアーの時代」「19 世紀の開拓者たち」の4章だが、会場では、各章に先立つ「プロローグ」から始まる。それぞれの章の概要と主な出品作を取り上げる。本記事で紹介する作品は、すべてスコットランド国立美術館所蔵。

「プロローグ」はスコットランド国立美術館の紹介で、開館以来現在も使用されている歴史的にも貴重な展示室の様子や、美術館を取りまくエディンバラの街並みを描く作品が並ぶ。アーサー・エルウェル・モファット(活動期1880-1902)の《スコットランド国立美術館の内部》(1885年〉の赤い壁は現在も変わっていない。

スコットランドを愛する人々の熱意により拡充されてきたこの美術館のコレクションの象徴として、フレデリック・エドウィン・チャーチ(1826-1900)の記念碑的大作《アメリカ側から見たナイアガラの滝》(1867年)が目を引く。左上の不安定な展望台から眺める小さな二人の人物によって、壮大な自然のスケールが見てとれる。チャーチは、世界各地を旅した、19世紀のアメリカの風景画家。1867 年にパリで開催された万国博覧会に出展するために制作されたものと考えられている。スコットランド出身の実業家によって美術館に寄贈された。

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フレデリック・エドウィン・チャーチ《アメリカ側から見たナイアガラの滝》(1867年)© Trustees of the National Galleries of Scotland

第1章は「ルネサンス」。15・16 世紀のフィレンツェ、ヴェネツィア、ローマを中心に芸術文化が花開いた。レオナルド・ダ・ヴィンチの師であるアンドレア・デル・ヴェロッキオ(1435頃-88)は、フィレンツェで大規模な工房を運営した。ヴェロッキオによるとされる《幼児キリストを礼拝する聖母(「ラスキンの聖母」)》(1470年頃)は、通称名で英国の批評家・芸術家のジョン・ラスキンの旧蔵品であった事を示している。

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アンドレア・デル・ヴェロッキオ(帰属)《幼児キリストを礼拝する聖母(「ラスキンの聖母」)》(1470年頃) © Trustees of the National Galleries of Scotland

ギリシャに生まれ、ヴェネツィアを経てスペインに定住したのはエル・グレコ(1541-1614)は、劇的な構図の宗教画で知られる。《祝福するキリスト(「世界の救い主」)》(1600年頃)の衣服に見られる淡青色と深紅色のコントラストも、グレコの作品特有の配色だ。

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エル・グレコ《祝福するキリスト(「世界の救い主」)》(1600年頃) © Trustees of the National Galleries of Scotland

続く第2章は「バロック」。17世紀のヨーロッパでは、革新的な画家たちが繊細かつ壮麗な表現で従来の世界観を覆そうとした。オランダでは、レンブラント・ファン・レイン(1606-69)が聖書や神話の登場人物に深い人間性を与えて見るものの共感を誘い、スペインでは、二十歳前の若きディエゴ・ベラスケス(1599-1660)が、日常のささやかな題材を偉大な芸術の域にまで高めてかつてないリアリズム絵画を制作した。またペーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)の習作からは、この時代の芸術家たちの制作過程を垣間見ることができる。

展覧会の白眉といえるのが、ベラスケスが18歳か19歳で描いた《卵を料理する老婆》(1618 年)。食器や食材、老婆と少年の肌や衣服など質感の違いを捉えており、とりわけ調理中の卵の白身が固まりつつある描写は見事だ。

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ディエゴ・ベラスケス《卵を料理する老婆》(1618年) © Trustees of the National Galleries of Scotland

レンブラントによる《ベッドの中の女性》(1647年)は、旧約聖書に登場するサラが、結婚初夜のベッドから、8人目の夫トビアが悪魔と戦う様子を見守っている場面とされる。彼女は過去7度の結婚の初夜に、悪魔によって新郎を亡くしている。

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レンブラント・ファン・レイン《ベッドの中の女性》(1647年) © Trustees of the National Galleries of Scotland

この章では、バロックを代表するルーベンスの《頭部習作(聖アンブロジウス)》(1618 年頃)や、イングランドの宮廷画家として活躍したアンソニー・ヴァン・ダイク(1599-1641)の《アンブロージョ・スピノーラ侯爵(1569-1630)の肖像》(1627年)なども出品されている。

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ペーテル・パウル・ルーベンス《頭部習作(聖アンブロジウス)》(1618年頃) © Trustees of the National Galleries of Scotland

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アンソニー・ヴァン・ダイク《アンブロージョ・スピノーラ侯爵(1569-1630)の肖像》(1627年) © Trustees of the National Galleries of Scotland

第3章は「グランド・ツアーの時代」。18 世紀、英国のコレクターたちは、美術品の購入や文化的教養を深めるためにヨーロッパ大陸を巡る「グランド・ツアー」を行った。同時期のパリでは、幻想的な理想郷を描いた絵画が流行。フランソワ・ブーシェ(1703-70)はロココ時代を代表する画家で、宮廷画家として国内外で高く評価されている。

ブーシェによる牧歌的な主題の《田園の情景》の「愛すべきパストラル」(1762年)、「眠る女庭師」(1762年)、 「田舎風の贈物」(1761年)は、もとは独立した作品だったが、ブーシェの没後に所有者によって一揃えの作品にされた。

展覧会チラシ表紙に「エディンバラの三美神、降臨。」と謳う作品は、ジョシュア・レノルズ(1723- 92)の《ウォルドグレイヴ家の貴婦人たち》(1780-81年)。ファッショナブルな白いモスリンの衣装を身にまとい、手芸にいそしむ三姉妹を描く。その華麗で優雅なたたずまいは、ギリシア神話に登場する「三美神」が、時空を超えて18 世紀の英国上流社会に降臨したかと見紛うばかりだ。

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フランソワ・ブーシェ《田園の情景》左から「愛すべきパストラル」(1762年) /「田舎風の贈物」(1761年) /「眠る女庭師」(1762年) © Trustees of the National Galleries of Scotland

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ジョシュア・レノルズ《ウォルドグレイヴ家の貴婦人たち》(1780-81年) © Trustees of the National Galleries of Scotland

最後の第4章は「19世紀の開拓者たち」。19 世紀はヨーロッパ全域で革命的な絵画表現が開花した時代だ。ドービニー、コローらの風景画から、印象派、新印象主義など、フランス絵画の革新を概観しつつ、伝統に則しながら新しい肖像画の境地を切り開いたレイバーンとグラント、独自の感性で自らが慣れ親しんだ景色を普遍的な芸術に昇華させたコンスタブルなど、多様な展開を遂げた英国絵画の諸相を紹介している。

フランシス・グラント(1803-78)の《アン・エミリー・ソフィア・グラント (“デイジー”・グラント)、ウィリアム・マーカム夫人(1836-1880)》(1857年)は、グラントの愛すべき次女・デイジーを描いた。雪景色のなか、自信に満ちた表情でこちらを見つめるスタイリッシュなデイジーは、実は結婚を目前に控えていた。ヴィクトリア朝のエリートたち御用達の肖像画家だったグラントが亡くなるまで身近に置いていた作品で、家族への愛情に満ちた一面を伝えている。

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フランシス・グラント《アン・エミリー・ソフィア・グラント(“デイジー”・グラント)、ウィリアム・マーカム夫人(1836-1880)》(1857年) © Trustees of the National Galleries of Scotland

ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)の《子どもに乳を飲ませる女性》(1893-94年)も、家族への愛情を示す作品だ。赤ん坊はルノワールの次男で、のちに映画監督となるジャン。女性は子守りのガブリエルで、晩年のルノワール作品にモデルとしてしばしば登場する。

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ピエール=オーギュスト・ルノワール《子どもに乳を飲ませる女性》(1893-94年) © Trustees of the National Galleries of Scotland

このほか、19世紀英国を代表する風景画家のジョン・コンスタブルの《デダムの谷》(1828年)や、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775-1851)の《トンブリッジ、ソマー・ヒル》(1811年)など名品ぞろいだ。

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ジョン・コンスタブル《デダムの谷》(1828年) © Trustees of the National Galleries of Scotland

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ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《トンブリッジ、ソマー・ヒル》(1811年) © Trustees of the National Galleries of Scotland

スコットランドにある美術館からの出展という事で、レイバーン、ラムジー、ウィルキー、ダイスなど日本ではなかなか見ることのできないスコットランド出身の代表的な画家たちの名品も展示されている。

 

文化ジャーナリスト。ジャーナリズム研究関西の会会員。平山郁夫美術館企画展コーディネーター・民族藝術学会会員。 1944年8月14日生まれ 愛媛県新居浜市出身。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。 著書に『シルクロード 現代日本人列伝』『ベトナム絹絵を蘇らせた日本人』『無常のわかる年代の、あなたへ』『夢追いびとのための不安と決断』『「大人の旅」心得帖』『「文化」は生きる「力」だ!』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』(いずれも東方出版)『アート鑑賞の玉手箱』『アートの舞台裏へ』『アートへの招待状』(いずれも梧桐書院)など多数。