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アートへの招待41 デザインとアニメ…、同時代に活躍の2人の回顧展
文化ジャーナリスト 白鳥正夫絵画や陶芸・彫刻、仏教美術、考古・文化財などの展覧会が主流の美術界にあって、時折開催されるデザインやアニメ・漫画の展覧会は多様な表現世界を鑑賞でき興味深い。京都国立近代美術館で、銀座のランドマークとなる商業施設「三愛ドリームセンター」の店内設計で注目を集めた「倉俣史朗のデザイン―記憶のなかの小宇宙」(〜8月18日)が開催中。また兵庫県立美術館では、『機動戦士ガンダム』のキャラクターデザイナー兼アニメーションディレクターであり、漫画家としても知られる特別展「描く人、安彦良和」(〜9月1日)が開かれている。倉俣史朗(1934‒1991)と、安彦良和(1947‒)は、同時代に活躍しており、これまでの業績を回顧する巡回展だ。「倉俣展」は世田谷美術館、富山県美術館を経て、京都では25年ぶりで最終会場。「安彦展」は初の大規模回顧展で、兵庫会場の後、島根県立石見美術館(9月21日-12月2日)他へ巡回する。
京都国立近代美術館の「倉俣史朗のデザイン―記憶のなかの小宇宙」
作家の内面やその思考の背景を検証する回顧展
倉俣史朗は1960年代以降のデザイン界において、世界的に高い評価を受けながら56歳という若さで突然亡くなった“伝説のデザイナー”。アクリル、ガラス、建材用のアルミなど、従来の家具やインテリアデザインの世界では用いられなかった工業素材に独自の詩情を乗せた仕事は注目を集めた。こうした家具やインテリアの仕事に加えて、創作の源泉といえるイメージスケッチや夢日記も紹介し、倉俣語録とも言われた作家自身の言葉を手がかりに、独立する以前からあまりにも早すぎる死までを振り返る。倉俣史朗の作品とその人物像に新たな視線を向け、倉俣の業績を回顧する展覧会となっている。
京都会場の展覧会メインビジュアル
倉俣史朗は東京で生まれる。駒込の理化学研究所内で育った幼年期の思い出と、第二次世界大戦中の疎開先での光景が、その後の倉俣のデザインに通底し続けた。1965年にクラマタデザイン事務所を設立して独立。その後は、高度経済成長とともに変化し続ける都市を舞台に、同時代の美術家たちとも協力して、新たな空間を提示、次々と話題となる店舗デザインを発表した。
倉俣史朗(1990年) 撮影:小川隆之 (C) Kuramata Design Office
1980年代にはイタリアのデザイン運動「メンフィス」に参加し、活躍の場を世界に広げた。日本国固有の文化や美意識を感じる独自のデザインによって、フランス文化省芸術文化勲章を受章するなど国際的に評価を受けている。香港に誕生した強大な美術館M+に、倉俣がインテリアデザインを手掛けた新橋の寿司店「きよ友」がまるごと移設されたことはニュースになった。
今回の展覧会では、作家の内面やその思考の背景による「倉俣史朗自身」を一つの軸としつつ、その「倉俣史朗自身」と紐づけながら初期から晩年までの作品を辿っている。展示は、年代を4つのパートに区切り、倉俣の仕事をテーマごとに構成している。章ごとの主な内容や作品を、プレスリリースなどを参考に掲載する。
まずプロローグ「浮遊への手がかり」から。 倉俣は、桑沢デザイン研究所で1年学んだ後、三愛に入社する。建設が予定されていた三愛ドリームセンターのインテリアデザインを担当したかったからだ。三愛時代の仕事の写真をまとめたスクラップブックとアルバムなどが紹介されている。
第1章は「視覚より少し奥へ 1965-1968」で、倉俣は独立後、各地の店舗のインテリアデザインを行うとともに、オリジナルの家具を製作する。《引出しの家具》(1967年、富山県美術館蔵)は、その最初のもの。またこの時期の倉俣は、横尾忠則や高松次郎といった美術家に店舗の壁画を依頼するなど、デザインと美術の垣根を跨ぐような活動をした。
第2章は「引き出しのなか 1969-1975」。1969年より倉俣の仕事はさらに独自性を増す。乳白色のアクリルで成形し、なかに光源を仕込んだ椅子やテーブル、多数の引き出しを持った家具などを制作した。機能性だけを中心にすえるのではなく、家具という存在が生活のなかでどのようなメッセージを発することができるのかを考えていたのかも。ここでは《変型の家具 Side 1》(1970年、青島商店エムプラス蔵)や、《ランプ(オバQ)[小]》(1972年、個人蔵)などが展示されている。
倉俣史朗《変型の家具 Side 1》(1970年、青島商店エムプラス蔵)
撮影:渞忠之 (C) Kuramata Design Office
倉俣史朗《ランプ(オバQ)[小]》(1972年、個人蔵)
撮影:渞忠之 (C) Kuramata Design Office
第3章「引力と無重力 1976-1987」では、1976年にガラスのための新しい接着剤を目にした倉俣は即座に《硝子の椅子》(1976年、京都国立近代美術館蔵)をデザインした。見えない椅子は、倉俣のテーマである浮遊と結びつくものだった。《トウキョウ》(1983年、株式会社イシマル蔵)、《椅子の椅子》(1984年、富山県美術館蔵)、ハウ・ハイ・ザ・ムーン》(1986年、富山県美術館蔵)も出品されている。
倉俣史朗《硝子の椅子》(1976年、京都国立近代美術館蔵)
撮影:渞忠之 (C) Kuramata Design Office
倉俣史朗《トウキョウ》(1983年、株式会社イシマル蔵)
撮影:渞忠之 (C) Kuramata Design Office
倉俣史朗《椅子の椅子》(1984年、富山県美術館蔵)
撮影:柳原良平 (C) Kuramata Design Office
倉俣史朗《ハウ・ハイ・ザ・ムーン》(1986年、富山県美術館蔵)
撮影:柳原良平 (C) Kuramata Design Office
そしてこの時期、イッセイ・ミヤケの店舗デザインを本格的に始め、次々と新しいデザインを編み出して発表し続ける。1981年には、イタリアのデザイナー、エットレ・ソットサスに誘われメンフィスに参加し、作品は以前よりも色彩を伴うようになった。
第4章は「かろやかな音色 1988-1991」。代表作《ミス・ブランチ》(1988年、石橋財団アーティゾン美術館蔵)を発表する。アクリルのなかに造花の薔薇を閉じ込めた椅子は、それまでの倉俣の仕事とは大きく異なるもので、発表当時はあまり理解されなかったようだ。《アクリルサイドテーブル #2》(1989年、株式会社イシマル蔵)も注目された。
倉俣史朗《ミス・ブランチ》(1988年、石橋財団アーティゾン美術館蔵)
撮影:渞忠之 (C) Kuramata Design Office
倉俣史朗《アクリルサイドテーブル #2》(1989年、株式会社イシマル蔵)
撮影:渞忠之 (C) Kuramata Design Office
ここから亡くなるまでの短い期間に色付のアクリルを多用したさまざまな家具や店舗をデザインした。倉俣は以前、ガラスは美術で、アクリルはデザインと形容していた。この時代にはガラスがアクリルのマネをするようになったと語っている。
エピローグは「未現像の風景」で、突然亡くなった倉俣史朗だが、もしもう少し長く生きていたら、どのような作品を作り続けたのだろうか。1980年代から倉俣は夢日記をつけ始める。夢のなかの体験も倉俣にとっては重要な出来事だった。《イメージスケッチ「夢日記」》(1980年代、クラマタデザイン事務所蔵)など興味を引く。
倉俣史朗《イメージスケッチ「夢日記」》 1980年代、クラマタデザイン事務所蔵)
撮影:渞忠之 (C) Kuramata Design Office
さらに、1970年代まではスケッチをほとんど描かずにデザインをしていたが、1980年代からは《イメージスケッチ「ミス・ブランチ」》(1988年頃、クラマタデザイン事務所蔵)などを描き始める。それはすでに完成した家具を書いていることも多く、フォルムの問題ではなく、家具がどのように存在してほしいかを伝えているようだ。これまであまり公開されてこなかったスケッチやメモ書きを多数紹介し、倉俣のデザインの続きに、想いを馳せている。
倉俣史朗《イメージスケッチ「ミス・ブランチ」》(1988年頃、クラマタデザイン事務所蔵)
撮影:渞忠之 (C) Kuramata Design Office
章とは別に、「倉俣史朗の私空間 書籍とレコード」のコーナーもある。倉俣は相当な読書家で、音楽も好んだ。1980年代からは作品名にスイングジャズの曲名を付けてもいるほどだ。その多数の遺されている書籍やレコードの一部も展示されている。
兵庫県立美術館の特別展「描く人、安彦良和」
伝説の作品の背景が見られる初の試み
北海道遠軽町に開拓民の3世として生まれた安彦良和氏が、喜寿(77歳)を迎えるメモリアルイヤーに、幼少期から現在に至るまでの創作活動の軌跡を辿る。『機動戦士ガンダム』(劇場版)のポスターラフ案など初出展多数を含む約1400点の資料を展示。安彦のライフワークとも言うべき日本の古代史、近代史に取材した漫画原稿、描き下ろしのイラストも出品されている。
神戸会場の展覧会メインビジュアル
安彦は、1966年に弘前大学入学するも学生運動に参加したことから除籍となる。これを機に上京し、アニメ制作に加わる。『機動戦士ガンダム』でキャラクターデザインやアニメーションディレクターを担当。さらに『クラッシャージョウ』で劇場版アニメの監督を務め、テレビアニメ作品では自身が原作の『巨神ゴーグ』を生み出す。後にマンガ家に転身し『ネオ・ヒロイック・ファンタジア アリオン』『ヴイナス戦記』『クルドの星』『ナムジ』『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』などを精力的に発表する。最新作に『乾と巽-ザバイカル戦記-』がある。
内覧会で質問に答える安彦良和と、兵庫県立美術館の林洋子館長(右)
アニメや漫画など、特定のジャンルに注目した安彦の個展はこれまでにも開催されてきたが、今回は少年期、青年期の歩みも振り返りながら、多彩な分野の作品のすべてを取り上げ、そこに共通するテーマを検証し、かつてない規模の内容となっている。
また安彦のライフワークとも言うべき日本の古代史、近代史を取材した漫画作品は、歴史そのものがもっている魅力と、安彦良和という表現者の緻密な時代考証の上に豊かなイマジネーションを加えた魅力溢れる創作劇(フィクション)でもある。高い画力から生み出された原画や原稿は、まさに美術品といえ、今回の展覧会は、安彦の全貌に迫る初の試みだ。
展覧会の見どころはいくつもある。1979~80年に放送された伝説の作品『機動戦士ガンダム』では、安彦はアニメーションディレクターとして作画の中心を担い、キャラクターデザインを担当した。MS(モビルスーツ)のデザインは大河原邦男が担当したが、展示されている資料の「ガンダム 頭部 原案ラフ」を見ると、ガンダムの口元のデザインなどに安彦のアイデアが採用されたことが分かる。
劇場版『機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙編』のアムロとシャアの決闘シーンの原画は、テレビシリーズの制作中、入院してしまい、最終10話の制作に参加できなかったそうで、劇場版では、心残りだった終盤の作画に注力したという。劇場版のポスターラフ案が初公開されたほか、サントラのレコードのジャケット用イラスト原画なども並び、目を引く。
1985~86年放送のテレビアニメ『機動戦士Zガンダム』には、キャラクターデザインとして参加。「Z」の制作にあたり、富野由悠季監督は若手の育成を目指し、安彦や大河原が参加したものの、若手を積極的に起用した。カミーユ・ビダン、クワトロ・バジーナ、パプテマス・シロッコ、ハマーン・カーンなどの設定ラフに加え、変わり種では1985年発売のジグソーパズル、1986年のカレンダーのイラスト原画もてがける。1991年公開の劇場版『機動戦士ガンダムF91』のキャラクターデザインの設定ラフ、レーザーディスク(LD)のジャケット用イラスト原画なども並ぶ。
『機動戦士ガンダム』(劇場版) ポスター原画 (C)創通・サンライズ
さらに2001~11年に連載されたマンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の原稿、同作のOVA(オリジナル・ビデオ・アニメ)や、2022年公開の劇場版アニメ『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』の絵コンテや設定資料も展示されている。
「ガンダム」シリーズをはじめ、学生時代にノートに描いたマンガ『遙かなるタホ河の流れ』、『宇宙空母ブルーノア』の構成案、『宇宙戦艦ヤマト』の絵コンテ、ポスターのラフスケッチ、『巨神ゴーグ』の初期案、設定、イメージボード、レイアウトなどの資料も充実料、『ナムジ』、『ヤマトタケル』などマンガの原稿の数々……と、視ごたえたっぷりだ。
展示は6章で構成されている。1章は「北海道に生まれて」で、北海道遠軽町に開拓民の3世として生まれた安彦は、幼い頃から絵を描くのが大好きな少年だった。
2章は「動きを描く」。『宇宙戦艦ヤマト』で一躍注目を集めた安彦は、様々な作品で生き生きとしたキャラクターを描く。花形アニメーターとして活躍した時代を、作品や資料によって振り返る。
続く3章は「カリスマ・アニメーターの誕生」。キャラクターデザインとアニメーションディレクターを務めた『機動戦士ガンダム』は、社会現象を巻き起こすほどの人気作品となった。
第4章「アニメーターとして、漫画家として」の展示風景
4章の「アニメーターとして、漫画家として」では、アニメの監督、小説の挿絵、漫画執筆と様々な分野に挑戦した時期の、多彩な作品を展示している。
『アリオン』より (C)安彦良和
『ネオ・ヒロイック・ファンタジア アリオン』ポスター原画 (C)安彦良和・THMS
『クラッシャージョウ』 イラスト原画 (C)高千穂&スタジオぬえ・サンライズ
5章は「歴史を描く」。日本の古代史と近代史を両輪に、歴史の渦に翻弄されながら懸命に生きる「小さき者」たちの躍動をとらえた作品群は、現代の私たちにも多くの示唆を与えてくれる。
『ナムジ』より (C)安彦良和/KADOKAWA
『ジャンヌ』より (C)安彦良和
最後の6章は「安彦良和の現在(いま)」。安彦が監督を務めた最新のアニメ作品とともに、今なお揺れ動く世界に対する思いが込めた連載中の漫画作品を紹介している。
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』カラーイラスト原画(「機動戦士ガンダム THE ORIGIN Blu-ray Disc」6巻 初回限定生産盤) (C)創通・サンライズ
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』カラーイラスト原画(「機動戦士ガンダム THE ORIGIN Blu-ray Disc」5巻 初回限定生産盤) (C)創通・サンライズ
『乾と巽-ザバイカル戦記-』より (C)安彦良和/講談社
開幕に先立ち、関係者やメディアを集めて行われた内覧会で挨拶に立った安彦は、「子供の頃に漠然と『漫画家になりたい』と思っていたが、遠回りしながらもこうして夢を叶えることができた。こんなにも立派な場所で自分の残してきた長い足跡を辿っていただけるなんて、本当にありがたい。つくづく幸せな人生だと思う」と振り返った。会場の兵庫県立美術館の林洋子館長は「じっくり見て回ると、行き倒れてしまいそうになるくらい大ボリュームの展覧会」と話していた。