VOICE

アートへの招待43 海外と日本、文化の違いと類似性

文化ジャーナリスト 白鳥正夫

連日のように猛暑の続く関西。日頃お目にかからない、とっておきの展覧会が博物館で開催中だ。避暑も兼ねお勧めだ。神戸市立博物館では、特別展「テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本」が8月25日まで開催中だ。奈良国立博物館・東新館では特別陳列「泉屋博古館の名宝―住友春翠の愛でた祈りの造形―」が9月1日まで開かれている。いずれも海外の文化財を通じ、日本文化との相違や類似性を鑑賞できる。一方、京都最古の禅寺、建仁寺では夜間プレミアム拝観として「生誕100年記念 小泉淳作展」(9月23日)と「ZEN NIGHT WALK KYOTO」(9月22日)を同時開催している。今回は暑さを忘れさせる好奇心を刺激する企画を取り上げる。

神戸市立博物館では、特別展「テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本」

絵画・彫刻・考古遺物など100件以上展示

「テルマエ」って聞きなれない言葉だが、ヤマザキマリの漫画『テルマエ・ロマエ』が思い浮かぶ。古代ローマの公共浴場(テルマエ)がテーマで、古代ローマの人々の生活に欠かせない“お風呂文化” を中心に、絵画・彫刻・考古遺物といった100件以上の作品と映像や再現展示などとともに、日本の浴場文化とその歴史も併せて紹介している。

テルマエは、その高い建築・土木技術で知られるとともに、当時の豊かな暮らしぶりの象徴として、国内外から高い関心が寄せられている。日本でも公衆浴場は江戸時代からこよなく愛され、家庭内の風呂が当たり前になった現在でも、東京だけで約700軒の公衆浴場が存在する。

01

カラカラ浴場復元縮小模型(縮尺1:250)模型製作:東京造形大学デザイン学科・室内建築専攻上田ゼミ
制作指導:上田知正(同大学教授)

今回の展覧会は、大分県立美術館、パナソニック汐留美術館に続き神戸は最終会場。開催地近くには国内有数の温泉地のある地域が含まれており、神戸会場では有馬温泉にまつわる歴史と文化の関連展示も見られる。

02

《恥じらいのヴィーナス》(1世紀、ナポリ国立考古学博物館)
Photo © Luciano and Marco Pedicini

見どころは、イタリア・ナポリ国立考古学博物館から《恥じらいのヴィーナス》(1世紀)や、《アポロとニンフへの奉納浮彫》(2世紀)など、30点以上が来日。映像や模型、再現展示を通して古代ローマと日本の浴場文化を分かりやすく展示されている。さらに温泉や銭湯から近年脚光を浴びるサウナまで、国内のお風呂文化の歴史と地域性にも着目している。

03

《アポロとニンフへの奉納浮彫》(2世紀、ナポリ国立考古学博物館)
Photo © Luciano and Marco Pedicini

展覧会は古代ローマ研究の第一人者である青柳正規、芳賀京子両氏が監修し、ヤマザキマリが協力、漫画の主人公ルシウスが案内人として、解説パネル等が随所に登場し、主人公の言葉で身近に鑑賞できる。

04

ルシウス©ヤマザキマリ

展示は4章構成。章の内容と主な展示品を、プレスリリースを参考に取り上げる。

第1章は、「古代ローマ都市のくらし」。古代ローマ人は、古くは質実剛健を旨とし、農業こそが富の正しい源であると考えていた。しかし、地中海に勢力を拡大して圧倒的な富を手に入れると、その生活も変容する。帝政初期には、ごく一部の特権階級と商人や職人、日雇い労働者、奴隷といった「大衆」の格差はかつてないほどに広がった。

皇帝たちは大衆の不満を解消すべく、パンなど食糧や、剣闘士試合、演劇を含む見世物など娯楽の提供という施策をおこなう。テルマエも大衆からの人気獲得に大いに役立った。庶民たちのくらしは特別な日の見世物と、毎日の仕事の後のテルマエによって癒されていた。

この章では、通貨や、陶器、演劇で使われた面などが展示され、大衆の生活を垣間見ることができる。《炭化したパン(レプリカ) 》(原品は79年)や《悲劇の仮面を表した軒瓦(アンテフィクス) 》(1世紀)、《剣闘士小像》(いずれもナポリ国立考古学博物館)などが出品されている。

05

《炭化したパン(レプリカ) 》(原品は79年)
Photo © Luciano and Marco Pedicini

06

《悲劇の仮面を表した軒瓦(アンテフィクス) 》(1世紀)
Photo © Luciano and Marco Pedicini

07

《剣闘士小像》(ナポリ国立考古学博物館)
Photo © Luciano and Marco Pedicini

第2章は「古代ローマの浴場」。公共浴場のルーツには、自然の温泉のほかに、古代ギリシャの運動施設の水風呂や、医神の神域の入浴施設があった。それを大衆の娯楽のために、驚くほどの規模へと発展させたのは古代ローマ人だ。ギリシャでは若者たちは肌に油を塗り、全裸で運動したため、運動後にはストリギリス(肌かき器)で汚れを落とし、水で身体を洗う必要があった。ギリシャでは女性の入浴の場は自宅に限られていたが、ローマでは女性もテルマエに通うことができた。水や湯をふんだんに使用するテルマエは、水道をはじめとする高い建築・土木技術に支えられていた。

ここでは、《アポロとニンフへの奉納浮彫》のほか、《ストリギリス(肌かき器) 》前3~前1世紀、ポーラ文化研究所)、《銅製把手付ガラス壺》(3-4世紀、MIHO MUSEUM)、《ゴールドバンド装飾瓶》(1世紀、平山郁夫シルクロード美術館)、《ライオン頭部形の吐水口》(1世紀、ナポリ国立考古学博物館)などが展示されている。

08

《ストリギリス(肌かき器) 》前3~前1世紀、ポーラ文化研究所)

この章では、快慶作の重要文化財《不動明王坐像》(鎌倉時代、通期)や、重要文化財の《金剛夜叉明王像》(平安時代、前期)、国宝の《文殊渡海図》(鎌倉時代、前期)、さらに仏像や仏画が並ぶ。皇族や貴族の信仰を集めた醍醐寺の美術品は、一流の仏師や絵師の手になるものが多い。

09

《銅製把手付ガラス壺》(3-4世紀、MIHO MUSEUM)

10

《ゴールドバンド装飾瓶》(1世紀、平山郁夫シルクロード美術館)、古学博物館)

11

《ライオン頭部形の吐水口》(1世紀、ナポリ国立考古学博物館)
Photo © Luciano and Marco Pedicini

第3章は「テルマエと美術」で、テルマエには大衆が美術品を間近に見ることができる場もあった。床には水に強いモザイクが敷かれ、1〜2世紀には白黒モザイク、それ以降は多彩モザイクが好まれた。 ローマの大規模なテルマエには数多くの大理石彫刻も飾られていた。皇帝や浴場の建設者の肖像のほかに、神々の像や古代ギリシャの有名作品のコピーが、壁面のニッチや円柱の間の台座の上に並んでいた。浴場のルーツのひとつであるギュムナシウム(運動施設)にちなんだアスリート像や、それを守護するヘラクレスの彫像など、浴場にふさわしい主題が選択された。

目玉の《恥じらいのヴィーナス》(1世紀、ナポリ国立考古学博物館)のほか、《海から上がるヴィーナス》(1世紀、ナポリ国立考古学博物館)、《ヘラクレス小像》(前1~後2世紀、MIHO MUSEUM)、《牧神頭部》(1世紀、石橋財団アーティゾン美術館)などが注目される。

12

《海から上がるヴィーナス》(1世紀、ナポリ国立考古学博物館)

醍醐寺は徳川の世になっても醍醐寺に対する庇護は続き、堂宇や仏像の復興が行われた。この章には、三宝院の長谷川派の襖絵をはじめ、俵屋宗達の《舞楽図屏風や、生駒等寿筆による《松桜幔幕図屏風》(江戸時代、前期)、扇面散図屏風など近世の名画が数多く伝わっている。

13

《ヘラクレス小像》(前1~後2世紀、MIHO MUSEUM)

14

《牧神頭部》1世紀、石橋財団アーティゾン美術館)

最後の第4章は「日本の入浴文化」。国内に残される地方色豊かな温泉文化にも触れながら、日本のお風呂の歴史を概観。日本において入浴の習慣が定着したのは江戸時代。温泉地へ旅することや近年のサウナブームも、日本人がお風呂好きな民族であることに起因するのかも。『テルマエ・ロマエ』の主人公・ルシウスが、浴場を通して日本とローマを往復したように、古代ローマと日本のそれぞれの入浴文化を体感してはいかがだろう。

この章では、落合芳幾の《時世粧年中行事之内 競細腰雪柳風呂》(明治元年・1868年、神戸市立博物館)、三浦宏の《湯屋》模型(1980年代、個人蔵)、式亭三馬の《浮世風》(文政3年・1820年、京都府立京都学・歴彩館)なども出品されている。ご当地展示の有馬温泉のコーナーには、奈良時代の僧・行基による、温泉寺開創記などが描かれた『温泉寺縁起』などの貴重な資料が並んでいる。

15

落合芳幾《時世粧年中行事之内 競細腰雪柳風呂》
(明治元年・1868年、神戸市立博物館・池長孟コレクション)

皇帝の大衆施策の一環として生まれ、心身の健康を保ち人々の交流の場であった「テルマエ」を愛した古代ローマの浴場文化と、日本の温泉文化に共通点があることが興味深い。

奈良国立博物館・東新館の特別陳列「泉屋博古館の名宝―住友春翠の愛でた祈りの造形―」

世界有数の名品、国宝・重文含む67件出陳

こちらは住友コレクションの代名詞とも言うべき泉屋博古館が所蔵する中国青銅器の名品と、選りすぐりの仏教美術が展示されている。古代中国の祭祀に用いられた青銅器や、仏教寺院にまつられた仏像、仏教儀礼に関わる仏画や工芸品など、国宝1件、重要文化財4件を含む67件の名品が出陳されている。

16

虎鎛(中国・西周 紀元前11~前10世紀、泉屋博古館、左手前)などの展示

泉屋博古館は、住友家第十五代住友吉左衞門友純(雅号:春翠、1864-1926)のコレクションをはじめとした美術品の保管、研究、公開をおこなう美術館だ。3500件に及ぶ収蔵品は、中国古代青銅器、東アジアの書画、西洋絵画、近代陶磁器、茶道具、文房具、能面・能装束など幅広い領域にわたり、設立の地である京都・鹿ヶ谷と、東京・六本木で公開されている。京都の泉屋博古館が改修工事のため、2025年春まで休館中であることもあって、奈良博での特別陳列が実現した。

17

陳氏旧蔵の鐘が並ぶ展示

銅山開発と銅製錬事業を柱とする家業を継いだ春翠は、中国古代青銅器のコレクターとしても世界的に知られた。それらの青銅器は、祭祀用具としての体系性をそなえた、質・量ともに第一級のコレクションだ。

今回の展覧会は泉屋博古館の全面的な協力の下、この世界有数の青銅器コレクションと仏教美術の中から優品を展示し、春翠の収集の軌跡を辿る。また、金銅仏をはじめとする仏像、舎利容器や仏具などの仏教工芸、高麗時代の基準作を含む仏画なども、春翠の古文化への深い造詣を示すもの。実業に携わりながら芸術文化をこよなく愛した住友春翠のまなざしに焦点を当てている。

主な出陳品(いずれも京都・泉屋博古館)を紹介する。 《鴟鴞尊(しきょうそん)》(中国・殷 紀元前13~前12世紀)は、鴟鴞という鳥の姿をかたどった酒器で、胴体が器、頭が蓋となり、胴体内に液体を貯める。世界に数点しかなく珍しい。鴟鴞はフクロウ・ミミズクの類を指す中国古代の言葉で、その姿を表した器は殷代に流行した。

18

《鴟鴞尊》(中国・殷 紀元前13~前12世紀、泉屋博古館)

重要文化財の《水月観音像》徐九方筆(朝鮮半島・高麗 忠粛王10年 至治3年・1323年)は、左端の落款から画師、描かれた年代が分かる。高麗王朝期、宮廷周辺では優美で存在感のある仏画が生み出された。本図は補陀落山(ふだらくせん)で岩場に腰かける観音菩薩のもとに、善財(ぜんざい)童子という名の童子が訪れる場面を描く。

19

重要文化財《水月観音像》徐九方筆
(朝鮮半島・高麗 忠粛王10年 至治3年・1323年、泉屋博古館)

同じく重要文化財の《阿弥陀如来坐像》(平安時代 大治5年・1130年)は、11世紀に仏師定朝(じょうちょう)が造り出した優美な像容[定朝様(じょうちょうよう) ]に則った像だが、面部には後世の補修がある。像内に大治5年の年紀と女性を多く含む結縁者(けちえんしゃ)の名が記される。昭和8年(1933年)に住友春翠の長男の住友寛一が入手した。

20

重要文化財《阿弥陀如来坐像》(平安時代 大治5年・1130年、泉屋博古館)

国宝の《線刻仏諸尊鏡像(せんこくぶつしょそんきょうぞう)瑞花鴛鴦八稜鏡(ずいかえんおうはちりょうきょう)》(平安時代 12世紀)は、銅鏡の鏡面に毛彫で諸尊を表した鏡像。流麗で繊細な線刻と、中央の如来を諸尊が囲むような遠近感のある表現が巧みである。近年の研究で、鳥取・大山に関わるものであることが明らかになった。

21

国宝《線刻仏諸尊鏡像瑞花鴛鴦八稜鏡》(平安時代 12世紀、泉屋博古館)

22

《石槨》などの展示風景

建仁寺の「生誕100年記念 小泉淳作展」と「ZEN NIGHT WALK KYOTO」

《双龍図》や石庭、書院をライトアップ

夜の建仁寺を舞台に、夏の涼を感じられるアートライトアップの催しだ。法堂大天井に描かれた日本画家・小泉淳作の《双龍図》をはじめ、石庭や書院をライトアップと、脳神経科学に基づいて作曲された“ととのう”ニューロミュージックを駆使し、壮大な異次元世界を演出している。

23

建仁寺中庭のライトアップ

まずは生誕100年を2024年10月に迎える小泉淳作(1924-2012年)の回顧展から。生活のためにデザインの仕事をしながら、試行錯誤を続けた初期の作品をはじめ、40代半ばの唐・宋画との衝撃的出会いを経て、日本の山や中国の連山を取材し生まれた深遠な山水画の数々が寺内各所に掲げられている。描く対象を凝視し、徹底した写実から生まれた「小泉ワールド」の真骨頂ともいえる花や野菜、果物の静物画や、命を削るようにして描き上げた奈良・東大寺本坊の襖絵など晩年の力作群まで、豊かな質感とゆるぎない存在感で独自の画風を確立した画伯の代表作を揃え、約70年に及ぶ創作一途の画業を辿る。会場は建仁寺と禅居庵(臨済宗建仁寺塔頭)。

小泉は神奈川県鎌倉市生まれ。戦時中の1943年、慶応義塾大学文学部を中退し、東京美術学校日本画科に入学する。戦後の48年に復学。山本丘人に師事。また自活するためにデザインの仕事を手掛け、高い評価を得た。その後、中国唐宋絵画の魅力を知り、50歳を過ぎた頃から、水墨の世界に没入して、自然の「気」をとらえたリアリズムに徹した作品を多数発表する。暴れ出すような大迫力の龍を鎌倉・建長寺の《雲龍図》に続き、建仁寺に《双龍図》を描く。

24

小泉淳作の建仁寺法堂天井画《双龍図》

25

小泉淳作《しだれ桜》(東大寺)

26

小泉淳作《悠久の妙義山》(横河電機)

27

小泉淳作《濤声》(個人蔵)

「ZEN NIGHT WALK KYOTO」では、日本有数の枯山水「大雄苑」に大規模な雲海を出現させる。建仁寺を象徴する巨大な《双龍図》には、プロジェクションアートなど音と静寂、光と影を楽しむサウンドアートナイトイベントを展開している。

28

法堂天井画の《双龍図》のライトアップ

29

枯山水「大雄苑」の庭園のライトアップ

30

「大雄苑」の大規模な雲海

文化ジャーナリスト。ジャーナリズム研究関西の会会員。平山郁夫美術館企画展コーディネーター・民族藝術学会会員。 1944年8月14日生まれ 愛媛県新居浜市出身。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。 著書に『シルクロード 現代日本人列伝』『ベトナム絹絵を蘇らせた日本人』『無常のわかる年代の、あなたへ』『夢追いびとのための不安と決断』『「大人の旅」心得帖』『「文化」は生きる「力」だ!』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』(いずれも東方出版)『アート鑑賞の玉手箱』『アートの舞台裏へ』『アートへの招待状』(いずれも梧桐書院)など多数。