VOICE
アートへの招待5 三展三様、企画展の醍醐味
文化ジャーナリスト 白鳥正夫コロナ禍、やっと緊急事態宣言が解除された。季節は秋、足を運びたい格好の展覧会を紹介しよう。京都の美術スポットの岡崎地区で向かい合う、京都市京セラ美術館で開館1周年記念展「モダン建築の京都」が12月26日まで、京都国立近代美術館では「発見された日本の風景 美しかりし明治への旅」が10月31日まで、それぞれ開催中だ。さらに神戸の兵庫県立美術館では特別展「ハリー・ポッターと魔法の歴史」が11月7日まで開かれている。三展三様の趣だが、質量とも充実し、企画の醍醐味もたっぷりだ。
京都市京セラ美術館の開館1周年記念展「モダン建築の京都」
貴重な図面や模型、家具など400点以上展示
江戸が東京と改称され、元号が明治となり、東京への遷都を機に衰退した京都。しかし教育や先端技術、文化や観光などにおける先駆的な都市として復興、発展し、それらを象徴するように数々の名建築が生まれた。明治以降に建てられた洋風建築や近代和風建築、モダニズム建築などの「モダン建築」が数多く現存する京都は、日本近代化の縮図としても興味深い都市と言える。
今回の展覧会は、京都を代表する「モダン建築」の一つ、京都市京セラ美術館を会場に、現存する明治・大正・昭和の「モダン建築」を厳選し、重要文化財などの貴重な図面、写真、スケッチ、模型、家具、映像、言葉など400点以上の多様な資料とともに展示している。展示鑑賞と同時に建物探訪や街歩きなども体験すれば、古建築と庭園だけではない、京都の魅力にふれる絶好の機会となるだろう。
企画の趣旨について、まず今なぜ「モダン建築」なのか。戦後、経済性と合理性を追求し繰り返してきた解体と建設により、歴史を重ねて育んできた街の魅力は、次々と失われてきた。しかし昨今、歴史的建造物の保存活用は、都市の独自性と経済性を両立させる鍵として期待されている。「モダン建築」の多彩な保存活用でも注目される京都は、伝統と革新が共生する持続可能な未来の姿を映しているからだ。
そして国の登録有形文化財制度では、50年を経過した歴史的建造物のうち、一定の評価を得たものが登録され保護される。1868(明治元)年から1970年代初頭までに竣工した現存する京都の建築を「モダン建築の京都100」として選出し、そのうち36のプロジェクトを取り上げている。
展示は、7セクションで構成。章の概要と展示品の画像を掲載する。第1章は「古都の再生と近代」。平安京の時代から千年、皇室はじめ公家や諸候らのお膝元として栄えてきた京都は、東京遷都によって衰退するが、教育と殖産興業を推進力に、西洋の文化や技術を取り入れ再生を成し遂げた。第四回内国勧業博覧会と平安神宮、琶湖疏水と旧御所水道ポンプ室などを展示。
旧御所水道ポンプ室 画像提供:京都市上下水道局
第2章の「様式の精華」では、本格的な様式建築が京都を飾り始めるのは明治後期から、庁舎や銀行、邸宅などにバロック、チューダー、スパニッシュといった多様な様式が導入される。ここでは帝国京都博物館(現・京都国立博物館)の重要文化財《表門番所正面之図》尺度二十分ノ一や《柱頭装飾木彫原型》(いずれも1895年 明治28年頃、京都国立博物館蔵)が目を引く。また名建築で知られる長楽館(旧村井吉兵衛京都別邸)の《螺鈿細工の椅子》(大正時代以前、長楽館蔵)や、京都府庁旧本館なども紹介。
帝国京都博物館(現・京都国立博物館)の重要文化財《表門番所正面之図》尺度二十分ノ一(1895年 明治28年頃、京都国立博物館蔵) 画像提供:京都国立博物館
帝国京都博物館(現・京都国立博物館)《柱頭装飾木彫原型》(1895年 明治28年頃、京都国立博物館蔵) 画像提供:京都国立博物館
長楽館(旧村井吉兵衛京都別邸) 画像提供:長楽館
長楽館(旧村井吉兵衛京都別邸)《螺鈿細工の椅子》(大正時代以前、長楽館蔵) 撮影:三吉史高
第3章は「和と洋を紡ぐ」。日本が西洋建築を学び始めた明治初期から、和と洋の隔たりを埋めようと試みられた。多様な文化が折衷した建築は、大礼記念京都美術館(現・京都市京セラ美術館)はじめ、真宗信徒生命保険株式会社本館(現・本願寺伝道院)、京都大倉別邸(現・大雲院)祇園閣などにみられる。
大礼記念京都美術館(現・京都市京セラ美術館) 撮影:来田猛
京都大倉別邸(現・大雲院)祇園閣模型、坂本甚太郎(建築模型師)制作(1928年 昭和3年、大倉集古館蔵)画像提供:森美術館 撮影:来田猛
第4章の「ミッショナリー・アーキテクトの夢」で、新島旧邸、同志社クラーク記念館、同志社礼拝堂、平安女学院明治館など、その崇高な理念と共に夢見た建築がある。このあと、新しさと古さがせめぎ合い京都のモダンな街の風景を創った第5章「都市文化とモダン」、閑静でゆとりある住空間や明るくモダンな生活文化を求めた第6章の「住まいとモダン・コミュニティ」と続く。
同志社クラーク記念館 画像提供:同志社大学
最後の第7章「モダニズム建築の京都」では、環境や伝統文化を取り込み、風土に馴染む空間の創造に成功した傑作など、未来へ遺したい建築として、京都中央電話局西陣分局舎(現・西陣産業創造會舘)、京都帝国大学(現・京都大学)楽友会館、旧本野精吾邸、鶴巻邸(現・栗原邸)などを挙げている。
建築の展覧会は、オリジナルな建物を展示できず、模型や設計図、写真・映像などが中心になる。しかし多くの「モダン建築」が現存しており、現地に足を運べば、まさに「生きた建築博物館」を体感できよう。この展覧会に合わせ、ツアーや特別公開なども組まれている。
「モダン建築の京都」の展示風景
京都国立近代美術館の「発見された日本の風景 美しかりし明治への旅」
水彩と油彩画約240点で巡る郷愁の旅
前述の「モダン建築」同様、日本の近代の始まりを告げた明治という時代、西洋諸国から人やモノが国境を越えて入ってきた。それに伴い、失われてゆく日本の風景や風俗を、日本の画家だけでなく、明治の日本を訪れた外国人画家たちも描いた。制作された絵画には、日本の風景や風俗が昔のままで、失われる前の姿で記録されていた。
この企画展は、一人の日本人コレクターが英国をはじめ海外で発見、収集した水彩画・油彩画約240点を展示。ほとんどが初公開という明治絵画コレクションの数々は、当時の列島の姿をありありと伝え、現代の私たちに懐かしくも新鮮な感動をもたらすであろう。
見どころは、長らく行方不明だった黒田清輝の油彩画《野辺》や、新発見の田村宗立の巨大作品など、海外で発見し、帰国させた作品が含まれている。
黒田清輝《野辺》 以下すべて個人蔵
また英国の報道画家チャールズ・ワーグマンの《見物する人々》や、やフランスの報道画家ジョルジュ・ビゴーの作品も。明治後期の日本に水彩画ブームを引き起こした英国の風景画家アルフレッド・パーソンズの《富士山》をはじめ、アルフレッド・イースト、ジョン・ヴァーレー・ジュニアら外国人画家たちが描いた風景画や風俗画約100点が展示されている。その中には、日本の花と庭園を愛した英国の水彩画家エラ・デュ・ケインらもいる。
チャールズ・ワーグマン《見物する人々》
アルフレッド・ウィリアム・パーソンズ《富士山》
さらには、近年再評価されつつある吉田博や笠木治郎吉、渡辺豊洲、小山正太郎、五百城文哉ら明治洋画家たちの水彩画・油彩画を多数出品されている。吉田博の《門前町》や、笠木治郎吉の《提灯屋の店先》(1890-1912年頃)なども注目だ。 展示構成は、序章が「明治洋画史を眺める」で、最初に旅支度として、田村宗立、五姓田芳柳から小山正太郎を経て黒田清輝まで、明治洋画史を代表する巨匠たちの7作品を通して、その歴史を振り返る。小山正太郎の《秋景図》(1888年)などが展示されている。
笠木治郎吉《提灯屋の店先》(1890-1912年頃)
小山正太郎《秋景図》(1888年)
第1章は「明治の日本を行く」。来日した西洋人画家たちが見た日本と、彼らの画技と「眼」を学んだ日本人画家たちが見つめ直した日本。内外の画家たちが描いた絵画を通して、東京・日光から東海道、京都を経て中四国・九州まで、明治の日本を旅する。五百城文哉の《日光東照宮陽明門》や、五姓田義松の《北陸・東海道御巡幸記録画 善光寺山門》、ウォルター・ティンデルの《ユダの木と清水寺》、など、この章だけで139作品が並ぶ。
五百城文哉《日光東照宮陽明門》
五姓田義松《北陸・東海道御巡幸記録画 善光寺山門》
ウォルター・ティンデル《ユダの木と清水寺》
第2章の「人々の暮らしを見る」では、来日した西洋人たちが興味深く見つめた日本人の様子が捉えられている。近代化・西洋化の中で消え去った生活の姿は、現在の日本人にとっても異世界のようだ。絵画の中で明治の日本人の暮らしを窺える。ここでは満谷国四郎の《傘をさす子守の少女》など68点を展示。
満谷国四郎《傘をさす子守の少女》
第3章は「花に満たされる」。ガーデニングの本場ともいえる英国の人々をも驚かせた明治の日本における花の豊かさ、庭園や花畑の美しさで花に満ちていた当時の景色を、最後に特集している。大下藤次郎の《竹林の白百合》など32点が出品されている。
大下藤次郎《竹林の白百合》
展覧会のチラシを飾るのは、笠木治郎吉の《牡蠣を採る少女》で、郷愁あふれる1点だ。会場を巡ることによって、遠き明治の油彩画・水彩画を通して、そしてそこに描かれた風景・風俗を通して旅している気分になる。
笠木治郎吉《牡蠣を採る少女》
兵庫県立美術館の特別展「ハリー・ポッターと魔法の歴史」
魔法や呪文、占いを追究した多様な資料
近年、絵本や漫画、アニメの展覧会が人気を集めているが、ついにイギリスの作家J.K.ローリングによって著されたファンタジー文学として、20年にわたり世界的な大ベストセラー「ハリー・ポッター」シリーズの企画展が登場した。その物語の背景には、イギリスをはじめ世界各国に伝わる魔法や呪文、占いなどが数多く存在する。大英図書館の所蔵品を中心に、古くは4世紀にまで遡る貴重な資料のほか、日本初公開となる原作者の直筆原稿やイラスト原画も展示される。
この展覧会は、大英図書館が2017年に企画し成功を収めた「Harry Potter:A History of Magic」の国際巡回展で、2018年のニューヨークに続き来日。兵庫会場後、東京ステーションギャラリー(12月18日~2022年3月27日)で開催される。
イギリスの国立図書館である大英図書館(British Library)は、世界で最も優れた研究図書館の一つ。250年以上をかけて収集されてきた有史以来のさまざまな時代の文明を代表するコレクションは1億7000万点に上る。大英図書館による大規模な展覧会が日本に巡回するのは初めて。
大英図書館仕立ての特別展「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展示室
展示は、原作に基づき、ハリーが通ったホグワーツ魔法魔術学校の科目に沿って、世界各国に古くから伝わる魔法や呪文、占いなど、「薬草学」「錬金術」「天文学」などの10章で構成し、科学が発達していなかった時代の人々が信じた魔法や魔術の記録を追究する。主な章の展示品を取り上げる。
第1章の「旅」に出品のジム・ケイの《『ハリー・ポッターと賢者の石』の9と3/4番線の習作》(ブルームズベリー社蔵)は、キングス・クロス駅で停車中のホグワーツ特急に乗り込もうとする魔法魔術学校の生徒と見送りの家族が描かれ、荷物を積んだカートとともにたたずむハリーの姿が見える。
ジム・ケイ《『ハリー・ポッターと 賢者の石』ジム・ケイの9と3/4番線の習作》(ブル ームズベリー社蔵)©Bloomsbury Publishing Plc 2015
第2章は「魔法薬学」。ヤコブ・マイデンバッハの『健康の庭』(1491年、大英図書館蔵)は、中世に印刷された初の博物学事典。挿絵には手彩色が施され、植物、獣、鳥、魚、石について書かれている。
ヤコブ・マイデンバッハ『健康の庭』(1491年、大英図書館蔵)©British Library Board
第3章の「錬金術」には、R.アブラハム・ エレアツァールの『太古の化学作業』(1735年、大英図書館蔵)が展示されているが、伝説の錬金術師ニコラス・フラメルが賢者の石の配合を明かすきっかけとなった古写本を翻訳したものとされる。第4章の「薬草学」の『薬草書』(15世紀、大英図書館蔵)には、植物画がふんだんに収められている。
R.アブラハム・ エレアツァール『太古の化学作業』(1735年、大英図書館蔵)©British Library Board
『薬草書』(15世紀、大英図書館蔵) ©British Library Board
第5章の「呪文学」にはクイントゥス・セレヌス・サンモニクスの『医学の書』(13世紀、大英図書館蔵)も。続いて第6章は「天文学」。ヨハン・ガブリエル・ドッペルマイヤーの《天球儀》(1728年、大英図書館蔵)、第7章の「占い学」には、『古代エジプト占い師最後の遺産』(1775年、大英図書館蔵)などが展示されている。
クイントゥス・セレヌス・サンモニクス『医学の書』(13世紀、大英図書館蔵)©British Library Board
『古代エジプト占い師最後の遺産』(1775年、大英図書館蔵)©British Library Board
第8章は「闇の魔術に対する防衛術」で、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの《魔法円》(1886年、カンヴァス・テート蔵)に描かれた魔女は、美しい色鮮やかなドレスをまとい、身を守るため自分の周りに杖で円を引いている。
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス《魔法円》(1886年、カンヴァス・テート蔵)©Tate, London 2019
第9章の「魔法生物飼育学」。「人魚ミイラ」(大阪・瑞龍寺:通称 鉄眼寺蔵)が出品されている。同寺には人魚、河童、龍のミイラが伝えられていて、これらは堺の豪商・ 万代四郎兵衛が明代の中国から輸入したものであるとか、堺の海岸に漂着したものであるなどという伝承があるが、正体は謎に包まれている。締めくくりの第10章は、「過去、現在、未来」となっている。