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アートへの招待6 美術の秋、“日本美”の極致
文化ジャーナリスト 白鳥正夫長い歳月、受け継がれ守られてきた“日本美”の展覧会を取り上げる。京都国立博物館では特別展「畠山記念館の名品─能楽から茶の湯、そして琳派─」が12月5日まで、滋賀のMIHO MUSEUMでは2021年秋季特別展「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」が12月12日まで、それぞれ開催中だ。奈良国立博物館でも恒例の「第73回 正倉院展」が10月30日から11月15日まで開かれる。いずれも美術の秋にふさわしく「美の極致」を堪能できる。ただし事前予約が必要(奈良博は当日券の販売なし)で、それぞれの美術・博物館に電話で問い合わせるか、公式ホームページで調べていただきたい。
京都国立博物館の特別展「畠山記念館の名品─能楽から茶の湯、そして琳派─」
関西で初、国宝・重文含む約200件を公開
畠山記念館の所蔵する国宝6件と重要文化財31件を含む200件をこえるコレクションが出品される特別展だ。同館が施設改築工事のため休館していることから、かつてない規模の展覧会が関西で初めて実現した。
畠山記念館は、昭和39年(1964年)、株式会社荏原製作所の創業者である 畠山一清(1881-1971)によって東京・白金台の閑静な地に開館した。そのコレクションは、茶道具を中心とする日本・中国・韓国の古美術品を中心に国宝6件・重要文化財33件を含む約1300件にも及ぶ。
能登国主畠山氏の後裔にあたる一清(いっせい)は事業のかたわら、即翁(そくおう)と号して、能楽と茶の湯を嗜む数寄者でもあり、半世紀にわたり熱心に美術品の蒐集に努めた。即翁の蒐集品には「即翁與衆愛玩(よしゅうあいがん)」との愛蔵印があり、この言葉には、自らの蒐集品を独占するのではなく、多くの人とともに楽しもうとする即翁の意思を読み取ることができる。
本展では、信長、家康ら名だたる武将が所持した国宝の《煙寺晩鐘図》をはじめ、秀吉や江戸時代の代表的茶人・松平不昧が所持した重要文化財の名物茶入《唐物肩衝茶入 銘 油屋》、また同じく重要文化財で本阿弥光悦作の《赤楽茶碗 銘 雪峯》など、茶の湯の名物の数々や東洋古美術の名品が一挙に公開される(会期中展示替え、前期:~11月7日、後期:11月9日~)。
さらなる見どころとして、将軍家、天下人と呼ばれた戦国武将、大名茶人、そして近代の数寄者たちを魅了し続けた茶道具の数々が一堂に会し、茶の湯の実践者として、一期一会を紡いできた茶事を道具の取合せによって再現している。展示は6章で構成されており、その概要と主な展示品を画像とともに掲載する。
1章は「蒐集の始まりと金沢」。即翁は、加賀前田家の城下町として栄えた金沢に生まれた。大学卒業後、技術者として経験を積み、ポンプの設計製作にかかわる事業を営むかたわら、数寄者として活躍するようになる。その蒐集の始まりの《古九谷色絵牡丹文皿》や、即翁が石川県美術館(石川県立美術館の前身)の開館記念に贈った《西湖図》などが展示されている。
2章は「美意識の支柱」で、能をたしなむ即翁は、ふるさと加賀藩に伝来した能装束を積極的に蒐集し、自らの演能にも着用した。謡い舞うことによって自らの内に取り込まれた能楽は、即翁の美意識の支柱でもあった。
伝福来の《能面 翁》(室町時代 15~16世紀、前期展示)は、古式ゆかしき老人の面。白色尉(はくしきじょう)とも呼ばれ、眉はぼうぼう眉、顎は切きり顎とされ、翁の舞は五穀豊饒などを祈る。
《雲に雪持椿文様唐織》(江戸時代 文化11年 1814年、後期展示)は、前田家伝来。厳冬にも美しい花を咲かせる椿は生命力の象徴であり、春に豊かな水をもたらす雪は豊作の予兆でもある。吉祥を重ねた文様は、宝生流では「道成寺」専用の装束に用いられた。
3章は「名品との出会い」。数寄者として茶の湯を実践した即翁は、名品茶道具の蒐集に熱意を傾けた。将軍家や天下人と呼ばれる戦国武将たちが所持した井戸茶碗や唐物茶入、だれもが認める名絵画や墨蹟の名品を集める一方で、即翁自身の審美眼に従い、大胆な筆致の書なども入手していく。
国宝の伝牧谿筆《煙寺晩鐘図》(中国・南宋時代 13世紀、後期展示)は、夕暮れ時に遠くの寺院で鐘を撞く様子を、わずかな淡墨で音まで描いたとされる名品だ。また重要文化財の《清瀧権現像》(鎌倉時代 13世紀、前期展示)は、仏法とその信徒を護る護法神である。水神であることから、即翁が本業のポンプ製作との機縁を感じ、手に入れたといわれる。
4章の「琳派」には、畠山記念館のコレクションを特徴づける要素の一つとなっている優れた琳派作品が並ぶ。重要文化財の尾形光琳筆による《躑躅図(つつじず)》(江戸時代 18世紀、前期展示)は、筑前藩黒田家伝来品として名高い作品。流水とその岸辺に咲く紅白の可憐な躑躅を限られたモチーフのみによって、自然の姿を情趣深くとらえた名品だ。
鈴木其一の《向日葵図》(江戸時代 19世紀、前期展示)は、江戸時代初期に日本に伝わったものの、絵画モチーフとしてはいまだ目新しかった向日葵を描く。真っ直ぐに伸びる茎、真正面を向く花の姿は実に凛々しい。さらに重要美術品の渡辺始興筆《四季花木図屛風》(江戸時代 18世紀、前期展示)も見ごたえがある。
5章は「與衆愛玩の想い」。「與衆愛玩」とは、数寄者が蒐集品を独占するのではなく、多くの愛好家とともに楽しもうとする精神を表す言葉であり、即翁所蔵の茶道具の愛蔵印「即翁與衆愛玩」を典拠としている。
国宝の《蝶牡丹蒔絵螺鈿手箱》(鎌倉時代 13~14世紀、前期展示)は、牡丹と蝶の文様を隙間なく配した華やかな手箱。蒔絵・螺鈿・金貝の漆芸技術を駆使して、贅を尽くした調度品だ。
重要文化財の《青花龍濤文天球瓶》(中国・明時代 15世紀、通期展示)は、豊かにふくらみをみせる胴にすらりと首が伸びる瓶を天球瓶と呼んでいる。逆巻く波濤の中を天に向かって白龍が飛んでいく様子も見事に表現している。
6章は「畠山即翁と茶の湯」で、大正時代末頃から晩年の約40年間にわたって茶の湯を楽しみ、実践した。なかでも懐石へのこだわりは強く、献立から器選び、味付けに至るまで自身で目を通すという徹底ぶりだった。
重要文化財の本阿弥光悦作《赤楽茶碗 銘 雪峯》(江戸時代 17世紀、通期展示)は、即翁が最も愛した茶碗とされる。新席披露と古稀自祝の茶事の際にも濃茶席で用いており、茶碗への格別の想いがうかがえる。
これも重要文化財の宗峰妙超筆《墨蹟「(弧桂」道号)》(鎌倉時代 14世紀、前期展示)は、大徳寺開山の宗峰妙超(大燈国師)が弟子に「孤桂」の号を与えた大字のもの。茶席では墨蹟が最上位のものとして尊ばれ、即翁も多くの墨蹟を蒐集している。
MIHO MUSEUMの2021年秋季特別展「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」
やまと絵・琳派・浮世絵…優品約90点
こちらは、海外に流失した日本美術のコレクションがまとまった形で里帰りする展覧会だ。アメリカのミネアポリス美術館の日本美術コレクションは、質・量ともに高い評価を得ている。今回の展覧会では、水墨画・狩野派・やまと絵・琳派・浮世絵・文人画(南画)・奇想派・近代絵画といった中世から近代にいたる日本絵画の主要ジャンルをほぼ網羅した選りすぐりの優品約90点が出品されている。
東京のサントリー美術館、福島県立美術館を経てMIHO MUSEUM後、山口県立美術館(2022年3月1日~4月17日)に巡回する。ただし滋賀では、8月に発生した土砂崩れのため県道16号線の通行止めが続いており、JR石山駅からの路線バスは運休状態だ。道路状況をご確認のうえ、事前予約となっている。
ミネアポリス美術館(Minneapolis Institute of Art:通称 Mia〈ミア〉)は、アメリカ中西部ミネソタ州最大の都市ミネアポリスにあり、1883 年に実業家ら25 人のミネアポリス市民が「芸術を生活の中に取り入れること」を目的として設立された美術協会を前身として、1915 年に開館した。
ミネアポリス美術館外観
以下、すべてミネアポリス美術館蔵
Photo: Minneapolis Institute of Art
同館のコレクションは、古代から現代にわたる世界中の美術品約9万点を数え、中でも2500 点の浮世絵をはじめとする9500点に及ぶ日本美術コレクションは欧米屈指。日本美術に魅せられた多くのアメリカ人篤志家の寄贈により形成されたコレクションは、近年ではクラーク・センターやバーク財団から絵画、工芸品などが寄贈されるなど、今なお成長を続けている。
最大の見どころは、雪村周継、狩野山楽、狩野山雪、俵屋宗達、伊藤若冲、与謝蕪村、曾我蕭白、喜多川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎、酒井抱一、谷文晁、狩野芳崖、河鍋暁斎ら、時代を彩った絵師たちの競演とともに、近代絵画の変遷をたどることができる。
展示は8章で構成。章ごとに代表作(すべてミネアポリス美術館蔵、通期展示)を取り上げる。第1章は「水墨画」で、その始まりは中国・唐時代(618年~907年)に遡り、日本には奈良時代から部分的ながら様々な経路を通じて伝えられ、14~17世紀までの日本絵画の大きな柱となった。雪村周継の《花鳥図屛風》(室町時代 16世紀)は、右隻の双鯉による波の動きに注目だ。
雪村周継《花鳥図屛風》右隻(室町時代 16世紀)
Gift of funds from Mr. and Mrs. Richard P. Gale
第2章は「やまと絵 ―景物画と物語絵―」。平安時代、日本の風俗や事物を主題とする「やまと絵」が誕生した。次第に日本独自の絵画様式へと発展。濃厚な彩色による装飾性が特徴であり、四季の風物を中心に描いた襖絵・屛風絵などの大画面と、『源氏物語』など古典文学を中心に描いた絵巻・冊子絵本などの小画面に大別される。《武蔵野図屛風》(江戸時代 17世紀)は、茫漠とした原野の風景が巧みに表現されている。
《武蔵野図屛風》左隻(江戸時代 17世紀)
Mary Griggs Burke Collection, Gift of the Mary and Jackson Burke Foundation
第3章の「琳派」は、17世紀初頭に活躍した俵屋宗達(生没年不詳)を始まりとする。その作風は尾形光琳(1658-1716)に受け継がれ、さらには酒井抱一(1761~1828)や鈴木其一(1796-1858)らを中心に日本絵画を代表する琳派芸術に発展した。《伊勢物語図色紙「布引の滝」》(江戸時代 17世紀)は、伝俵屋宗達の作とされる。鈴木其一の《三夕図》(江戸時代 19世紀)も三幅対で展示されている。
伝俵屋宗達《伊勢物語図色紙「布引の滝」》(江戸時代 17世紀)
The John R. Van Derlip Fund
鈴木其一《三夕図》三幅対のうち中幅(江戸時代 19世紀)
Gift of Elizabeth and Willard Clark
第4章は「狩野派の時代」。狩野正信(1434-1530)に始まる狩野派は、血縁で繋がる「狩野家」を中心とした専門の絵師集団。室町時代以降、時の権力者の庇護を受け、狩野元信(1477?-1559)と狩野永徳(1543-90)の代におおいに発展した。一方、狩野山楽(1559-1635)と山楽の養子・狩野山雪(1590-1651)の一統は、京に留まり、個性的な作品を描いた。山雪の《群仙図襖(旧・天祥院客殿襖絵)》四面(江戸時代 正保3年 1646年)は、中国の故事を学んだ山雪の面目躍如だ。
狩野山雪《群仙図襖(旧・天祥院客殿襖絵)》四面(江戸時代 正保3年 1646年)
The Putnam Dana McMillan Fund
第5章は「画壇の革新者たち」。江戸時代後期、文人画(南画)や写生画などにとらわれない多様な作品が生まれる。なかでも伊藤若冲(1716-1800)や曾我蕭白(1730-81)に代表される「奇想」の絵師は、極端にデフォルメした構図の水墨画や細密な濃彩画によって独自の境地を開く。若冲の《旭日老松図》(江戸時代 寛政12年 1800年)や、蕭白の《群鶴図屛風》(江戸時代 18世紀)も、目を引く。
伊藤若冲《旭日老松図》(江戸時代 寛政12年 1800年)
Gift of the Clark Center for Japanese Art & Culture
曾我蕭白《群鶴図屛風》右隻(江戸時代 18世紀)
Gift of Elizabeth and Willard Clark
第6章の「日本の文人画〈南画〉」は、江戸時代中期以降、長崎を通じてもたらされた中国の文人という概念や、明・清代の中国絵画に憧れた人々によって描かれた絵画だ。池大雅(1723-76)と与謝蕪村(1716-83)の二人によって大成される。ここでは、浦上春琴の《春秋山水図屛風》(江戸時代 文政4年 1821年)などが出品されている。
浦上春琴《春秋山水図屛風》 左隻 (江戸時代 文政4年 1821年)
Mary Griggs Burke Collection, Gift of the Mary and Jackson Burke Foundation
第7章は「浮世絵」。江戸時代、大都市に発展した江戸において独自に花開いたのが美人画・役者絵などに代表される浮世絵版画だ。菱川師宣(1618?-94)に始まるといわれる浮世絵版画は「錦絵」とも呼ばれ、名所絵など新たな画題も誕生する。東洲斎写楽の《市川鰕蔵の竹村定之進》大判錦絵(江戸時代 寛政6年 1794年)や、葛飾北斎の《冨嶽三十六景 凱風快晴》大判錦絵(江戸時代 天保元~4年 1830~33年)は、何度も目にしているが、味わい深い。
東洲斎写楽《市川鰕蔵の竹村定之進》大判錦絵(江戸時代 寛政6年 1794年)
Bequest of Richard P. Gale
葛飾北斎《冨嶽三十六景 凱風快晴》大判錦絵(江戸時代 天保元~4年 1830~33年)
Gift of Louis W. Hill, Jr.
最後の第8章は「幕末から近代へ」。明治になると西洋から「美術」という概念や新しい材料・技法がもたらされ、日本の絵画は大きく転換した。ミネアポリス美術館には、海外でも高い評価が与えられた河鍋暁斎(1831-89)や、パリ万博の実務者として渡欧した渡辺省亭(1851-1918)らの作品を所蔵している。省亭の《紫式部図》(明治時代 19-20世紀)なども出品されている。
渡辺省亭《紫式部図》(明治時代 19-20世紀)
The Louis W. Hill, Jr. Fund
奈良国立博物館の「第73回 正倉院展」
楽器や染織品、初出陳8件を含む計55件
「国の宝」として、保存され。受け継がれている由緒ある文化財が正倉院御物である。正倉院は、何しろは奈良時代に建立された東大寺の倉庫で、聖武天皇の遺愛品を中心に約9000件の宝物があり、現在は宮内庁正倉院事務所が管理している。毎年秋恒例の正倉院展は、第73回を数える。今年も、楽器、調度品、染織品、仏具、文書・経巻など、多彩なジャンルから初出陳8件を含む計55件(北倉9件、中倉29件、南倉14件、聖語蔵3件)が出陳され、天平文化を象徴する宝物を今に伝える。
中でも貴重な素材を惜しげもなく使った《螺鈿紫檀阮咸(らでんしたんのげんかん) 》(北倉)は、円い胴の絃楽器で、奈良では25年ぶりの公開となる。彩色文様が鮮やかな《漆金薄絵盤(うるしきんぱくえのばん) 》(南倉)は、蓮華形の香炉台。こちらは8年前に出陳されたものと対をなすもので、28年ぶりの公開だ。
北倉 螺鈿紫檀阮咸(背面)
以下、すべて宮内庁正倉院事務所管理
南倉 漆金薄絵盤
日本で仏教が盛んになった奈良時代を象徴する出来事の1つが、東大寺大仏の造立だった。今年はこの大仏の開眼法要において東大寺に献納された品々がまとまって出陳される。中でも、遥か西方の地で作られたとされる《白瑠璃高坏(はくるりのたかつき)》(中倉)は、高度な技術水準を示すガラス器の優品として注目される。また開眼法要で演じられた楽舞の装束も出陳され、法要の場の華やかな情景が想像できる。
中倉 白瑠璃高坏
そのほか、鳥や獅子の文様を彩り豊かに描いた上着の《曝布彩絵半臂(ばくふさいえのはんぴ) 》(南倉)や、夾纈(きょうけち)染めの《幡(ばん) 》など、様々な技法で装飾された染織品も見どころ。
南倉 曝布彩絵半臂(正面)
とくに今回初出陳となる《茶地花樹鳳凰文﨟纈絁 (ちゃじかじゅほうおうもんろうけちのあしぎぬ)》(北倉)は、その名称のとおり﨟纈染めを防染剤として使う染色技法の一種と考えられてきましたが、これまでほとんど知られていなかった色染めの技法が使われていることが最近明らかにされ、当時の染色技術の多彩さをうかがわせる研究成果として注目されている。
北倉 茶地花樹鳳凰文﨟纈絁
一方、近年、宮内庁正倉院事務所で本格的な調査が行われた《筆》(中倉)をはじめ、《青斑石硯(せいはんせきのすずり) 》(中倉)・墨・紙といった文房具がまとまった点数出陳されるのも大きな特徴だ。
中倉 筆
中倉 青斑石硯