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アートへの招待63 ガウディ没後100年、新たな視点の企画展
文化ジャーナリスト 白鳥正夫1882年の着工から144年が経過して今なお建設途中という、極めて珍しい世界遺産《サグラダ・ファミリア》。世界が注目するこの建築物の全体で最も高いメインタワーである「イエスの塔」が完成した。ガウディ没後100年、そして「イエスの塔」完成という歴史的節目を記念し、公式展覧会として「NAKED meets ガウディ展」が、VS.(グラングリーン大阪内)で6月15日まで開催中だ。筆者は2度、バルセロナを訪ねていて、その経緯を注視してきた。展覧会の見どころと、現地で見た様子を合わせてリポートする。
秘蔵のガウディ手記、書簡、制作道具を世界初公開
この企画は、ガウディ財団から正式オファーを受けたクリエイティブカンパニーのネイキッドが、財団との協働のもと、タイトルに謡うように「ガウディとの出会い」という趣旨で、体験型&参加型アートに仕立てている。音響や映像を駆使している上、秘蔵のガウディの手記や直筆の書簡、使用した制作道具をはじめ、未公開の資料や模型、スケッチなど、学術的にも貴重なコレクションを網羅的に展示していて、大人から子どもまで楽しめる展示空間を構成している。
アントニ・ガウディ肖像 ©2026 Gaudí Foundation of Art, Design & Architecture
アントニ・ガウディ(1852-1926)は、カタルーニャ地方のレセウスで、銅板を加工して鍋や釜を作る銅細工師の家に5人目の子として生まれた。幼少時、重度のリウマチで学校に行けず、祖父母の村で静養した。1874年から4年間、バルセロナ建築学校で建築を学ぶ。歴史や経済、美学、フランス語などにも関心を示し、ヴィオレ=ル=デュクの著作を熱心に研究していたと伝えられる。学業と並行して建築設計事務所で働き、バルセロナのシウタデーリャ公園の装飾やモンセラットの修道院の装飾にもかかわった。
ガウディはパリ万国博覧会に出展するクメーリャ手袋店のためにショーケースをデザインした。この作品を通じてガウディの才能を見初めたのが、繊維会社を経営する実業家エウセビ・グエル(エウゼビ・グエイ)であった。グエルは、その後40年あまりの間パトロンとしてガウディを支援し《グエル邸》や《コロニア・グエル教会地下聖堂》、《グエル公園》などの設計を依頼した。
ガウディは《サグラダ・ファミリア》の専任建築家に推薦され、1983年から2代目建築家に就任した。1926年に73歳で路面電車にはねられ亡くなるまでライフワークとして「サグラダ・ファミリア」の設計・建築に取り組む。没後の1936年に始まったスペイン内戦により、聖堂の一部は破壊され、図面類は焼失、模型も粉砕されて建設は中断を余儀なくされた。
ガウディが残した設計図や模型、ガウディの構想に基づき弟子たちが作成した資料のほとんどが散逸してしまう。しかしその時代ごとの建築家が、ガウディの設計構想を推測するといった形で現在も建設が行われている。
完成までには300年以上を要すると言われていたが、完成が見込めるようになったのは、3Dプリンターやコンピュータによる設計技術が進んだのと、寄付金、観光客増加によって予算が賄えるから、というのも理由だ。2021年末、全体で2番目に高い「マリアの塔」が完成し、頂上の星が点灯した。そして高さ172.5メートルにおよぶメインタワーの「イエスの塔」は今年2月、頂部に高さ約17メートルの十字架が設置され、世界一高い教会となった。
しかし、未曽有の新型コロナウイルス感染拡大の影響により、入場料激減や感染症へのロックダウンにともなう建設の一時中断だけでなく、資材の調達難など複合的な要因により遅れた。現在は観光客も増加し、急ピッチで工事が再開され、」最終的な完成は2034年と見込まれている。
「歴史」「自然」「幾何学」から創造の源泉探る
今回の展覧会について、ガウディ財団は「現代的かつ没入的な視点からガウディを再発見するため」とのメッセージを寄せている。ガウディの創作を支えた自然の造形、美的本能、そして普遍的な原理との再接続を促し、「より良い未来をデザインするために原点へ立ち返ること」の重要性を強調している。
ガウディ財団では、アート・テクノロジー・感性・自然を五感で感じられる体験へと融合させる独自の表現力を持つネイキッドとのコラボレーションを通じて、ガウディのビジョンを「時代を超えて現代に響くもの」として体感できる「旅」を観客に届けたい意向。この「旅」によって、観客が新たな「見る」「創る」「生きる」方法を見つめ直すきっかけとなることを願っている。
見どころは、第一にガウディの創造の源泉を読み解く。ゼロからあのようなユニークな建築を創造したわけではない。ガウディの才能は、西欧建築の歴史、遠い文化の造形、自然が生み出す形の神秘をどん欲に吸収し、そこから独自の形と法則を生み出したことにある。自然の法則を学び、そこに潜む美と秩序を形にした建築家ウディの思想と革新性を、現代の視点から見つめ直し、今を生きる私たちがガウディのまなざしに触れ、未来への歩みを体験しようとの試みだ。
サグラダ・ファミリア設計図原案 サグラダ・ファミリア博物館図面/サグラダ・ファミリア(バルセロナ)/ジョアン・バセゴダ氏旧蔵/ガウディ財団より貸与/オリジナル
3D立体写真(サグラダ・ファミリア) サグラダ・ファミリアの3D立体写真/サグラダ・ファミリア(バルセロナ)/ガウディ財団より貸与/オリジナル
第二はサグラダ・ファミリアの建築のプロセスだ。この一大プロジェクトは、誰の発案で、どのような社会的な目的をもち、そして、計画案がいかに作られ変遷していったのか。図面のみならず模型によって聖堂の形を探っていったガウディ独自の制作プロセスに注目する。
カーネーションのタイル(カサ・ビセンス) タイル/1883〜1885年 カサ・ビセンス(バルセロナ)/ガビネテ・モダニスタより貸与/レプリカ
講堂の描画 描画《講堂:断面図》/1878年 バルセロナ/ガビネテ・モダニスタより貸与/レプリカ
第三は総合芸術としてのサグラダ・ファミリア聖堂の豊かな世界をひもとく。ガウディは建築に付随する装飾や家具までデザインし、聖書の内容を伝える教会の彫刻にも並々ならぬ情熱を傾けるなど、マルチな才能を発揮した。建物の表面を覆う、トレンカディス(破砕タイル)、ステンドグラスによる色と光の効果のみならず、室内の採光・照明や音響などに関しても最適な環境を追求し、《サグラダ・ファミリア》全体が諸芸術を総合する場として構想した。ガウディの装飾や彫刻手法の視点から聖堂の豊かな世界を探っている。
第四にサグラダ・ファミリアの壮麗な空間について、建設の最終段階に向かいつつあるサグラダ・ファミリアの現在の姿を、壮大な三面スクリーンに、最新の映像と音響を駆使して伝えている。
さらに、筆跡心理学的分析による世界初の研究成果を通じて、ガウディの内面と創造思考を読み解く。学術と体験が融合した、これまでにない深度でガウディの精神世界に迫っている。
Area1:「旅」の始まり ©naked inc.
会場に足を踏み入れた瞬間から「旅」が始まる。展示は、ガウディ建築の核心である「自然」と「曲線」を、立体的に構成。壁一面に咲き誇る華やかなステンドグラスの断片や、《グエル公園》のトレンカディス(破砕タイル)が音楽に合わせて踊る様子は、まるで建築物が生きているかのように感じさせる。単に作品を遠くから鑑賞するのではなく、ガウディが生涯追求した光の哲学の中へ直接歩み入るような没入感を味わえる。
Area2:記憶の森 ©naked inc.
Area3:創造のるつぼ、バルセロナ ©naked inc.
Area4:ガウディの工房 ©naked inc.
Area5:生命のかたち ©naked inc.
展示物には、ガウディならではの曲線を実際に触れてみたり、椅子に座ってみたり、画面を動かして、ガウディの思想と改新性を体験できる。《サグラダ・ファミリア聖堂》をはじめ、《グエル公園》、《カサ・ミラ》などの模型も随所に置かれている。
《有機的なドア》
ベンチ(カサ・バトリョ)ダイニングルームのベンチ/1904〜1906年 カサ・バトリョ(バルセロナ)/ガビネテ・モダニスタより貸与/レプリカ
グエル公園のベンチの模型 《ガウディ&グエル氏》
例えば、《有機的なドア》。この扉と触れることができる取っ手は、カサ・バトリョのガウディの元々のデザインを忠実に再現したものだ。単なる入り口ではなく、建築と調和し、人の身体に呼応するように形作られた彫刻的な要素がある。ガウディにとって、扉、取っ手、そして家具は独立した物体ではなく、内側から外側へとデザインされたひとつの生命体のようなシステムの一部だった。木材や鉄といった素材は、まるで柔らかく流動的であるかのように加工され、空間の曲線やそれを使う人々に馴染むようにできている。
Area6:サグラダ・ファミリア:永遠の聖堂 ©naked inc.
Area7:未来の種 ©naked inc.
Area7:GAUDI ×DANDELION ©naked inc
圧巻は、最終コーナーの「Area6:サグラダ・ファミリア:永遠の聖堂」。会場のVS.が誇る天井約10メートルの展示空間を生かし、《サグラダ・ファミリア》を映しだす迫力満点の没入型のインスタレーション展示だ。
最終コーナーの空間に映し出された映像
《サグラダ・ファミリア》のクローズアップ映像
ガウディの建築物をデジタルで分解し再構築する過程を見守りながら、100年前の天才性が現代の技術と出会い、どのように新しい芸術へと昇華させたのか体感してみよう。バルセロナ現地の空気まで運んできたかのような「旅」の深い余韻を感じながら会場を後にした。
威容を誇る外観、聖堂に施された彫刻も魅力
ガウディが生前に実現できたサグラダ・ファミリア地下聖堂と生誕のファサードが2005年に世界遺産に登録された後の、2007年11月に初めて現地を訪れた。《サグラダ・ファミリア》をはじめ《グエル公園》や《グエル邸》、高級アパートの《カサ・ミラ》などを見て回ったが、その独創的で奇抜なデザインに驚いた。ガウディのデザインはフランスのアールヌーボーと酷似していて、波打つような美しい曲線と華やかな装飾が特徴だった。
バルセロナ市内に点在するガウディ作品群は、1984年にグエル公園とグエル邸、カサ・ミラが「バルセロナのパルケ・グエル、パラシオ・グエル、カサ・ミラ」という名でユネスコの世界遺産に登録された。
アント二・ガウディが設計した世界遺産のグエル公園(2005年11月)
アント二・ガウディが設計した世界遺産のグエル邸(2005年11月)
アント二・ガウディが設計した世界遺産のカサ・ミラ(2005年11月)
続けて2005年には、カサ・ビセンスとカサ・バッリョ、サグラダ・ファミリアの一部とバルナセロナ郊外にあるコローニア・グエル教会が追加登録され、登録名を「アントニ・ガウディの作品群」と改めている。
モンジュイックの丘から眺めたサグラダ・ファミリアの尖塔(2016年12月)
サグラダ・ファミリアの近景(2016年12月)
お目当てのガウディの代名詞ともいえる未完の傑作。《サグラダ・ファミリア》に時間を割いた。約1万7000平方メートルの敷地に建つ聖堂は、三つのファサード(建物正面)と、鐘塔を持つ。イエスの生誕を表す東ファサード、イエスの受難を表す西ファサードや内陣、入り口から主祭壇に向う身廊などはほぼ完成していた。
誕の正面から聖堂内へ入り、時間をかけて内部を見学したが、まるで巨大な生き物の胎内を覗くような感じだった。高くそびえる柱や内装のデザイン、ステンドグラスの美しさは格別だ。石で作られた巻貝の螺旋階段もすばらしかった。ただし、ガウディが埋葬されている地下礼拝堂には信者しか入れなかった。
その10年後の2016年末には地中海クルーズのスタート地としてバルセロナに一泊し、進捗状況をつぶさに見て回った。エレベーターで塔に登りたかったが、待ち時間が長いため、周囲をぐるりと回り、外観の写真を撮ることに時間をかけた。イエスの栄光を表すメインファサード、イエス・キリストと聖母マリア、12使徒などを象徴する18本建てられる塔の8本が未完成であった。
生誕を表す東ファサード(2016年12月)
「聖母マリア」の戴冠」場面の彫刻(2016年12月)
受難のファサード(2016年12月)
「キリストの磔刑」場面の彫刻(2016年12月)
威容を誇る外観は絶景だったが、聖堂に施された彫刻も見逃せない。降誕の正面にはキリストの誕生から初めての説教を行うまでの逸話が彫刻によって表現されており、受難の正面には「イエスの最後の晩餐」から「キリストの磔刑」、「キリストの昇天」までの有名な場面が彫刻されていた。最後にこの壮大な教会が着工した年の「1882」の数字が施された彫刻を見た。
栄光のファサードの中央扉に50ヵ国語で刻まれた「主の祈り」(2016年12月)
着工した年の「1882」の数字が刻まれた記念の彫刻(2016年12月)
急ピッチで進められていた工事現場(2016年12月)
筆者にとって、一枚の名画といえば、パブロ・ピカソ(1881-1973)の代表作《ゲルニカ》(1937年)であるが、唯一無二の建築物は、同じスペインで生まれて同時代を生きたアントニ・ガウディの。《サグラダ・ファミリア》だ。この世紀をまたぐ一大建築プロジェクトであり、壮大な芸術品でもある。《サグラダ・ファミリア》の完成した姿を見届けたいものだ。
