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国献男子ほんわか日記238 名古屋大空襲・・・84歳 感謝×感謝
国際協力実践家 小島康誉84歳になった、有難い。60歳誕生日祝い品が出てきた。その前後1週間、新疆にいた。新疆政府の阿不来提・阿不都熱西提主席と会見、仲介した奈良女子大学と新疆大学との「学術交流協定」調印式など。盛り上がった答礼宴で新疆政府の買買提明・扎克尓副主席からウイグル帽子を頂戴し、即興で帽子内側にサインして頂いた。また新疆日報の楊新才記者からは「七言律詩」を頂いた。阿不来提主席の祝い品写真は「ほんわか」191に掲載済。
漢詩・ウイグル帽子とその内側をPCで組合せ(撮影:小島聡子)
扶桑から始まる漢詩には小僧の相互理解活動が讃えられている。買買提明副主席にはNHK「シルクロード・絹と黄金の道」開会式(東博)に出席いただいた。同展には私たち日中共同ニヤ遺跡学術調査隊が発掘した文物約20点も展示された。副主席には海部俊樹元首相にも会って頂き北海道も案内した。入院時にはウルムチの病院へ見舞いにも行った。
春節前に新疆トップの陳小江党書記や艾尓肯・吐尼亜孜政府主席らが引退後の新疆居住指導者を慰問したとの「天山網」報道には、阿不来提氏や買買提明氏はじめ司馬義・鉄力瓦尓地、艾力更・依明巴海、艾斯海提・克里木拝、克尤木・巴吾東、朱海崙、符強、鉄力瓦尓迪・阿不都熱西提、馮大真、王友三、李東輝、吾甫尓・阿不都拉、呉敦夫、白志傑(報道順)・・・お世話になった諸氏も含まれていた。度々お会いした日々が懐かしい。益々のご健勝を!
筆者は1942年名古屋生まれ。前年12月に太平洋戦争が始まり、1943年には学徒出陣となり、44年から本土への空襲が本格化し、家近くの三菱重工大幸工場も猛爆撃を受け、燃え上がった真っ赤な空が幼い脳裏に焼き付いている。そして終戦。食糧難でザリガニ・雷魚などで飢えをしのいだ。やがて24歳で起業し上場企業に育て上げ、54歳で退任。途中で僧侶となり、並行して行ってきた国際協力は今も続けている。感謝×感謝の84年。
名古屋大空襲体験者として、焼けただれたご遺体を見た者として、世界が平和であって欲しい。世界中の国々が友好的であって欲しい。庶民ながら今後も新疆の皆さんと相互理解活動を微力実践します。(03/29記)
名古屋大空襲(Wikipedia):1945年7月26日エノラ・ゲイによる八事日赤病院付近への模擬原爆投下を最後に63回の空襲が行われ、B29の来襲は2,579機に達した。投下された爆弾の総量は判明分のみで14,500トンを越え、被害は死者7,858名、負傷者10,378名、被災家屋135,416戸に及び、名古屋市は日本の他の大都市と同様に壊滅的に破壊された。
ポイントGoogle翻訳:我1942年出生于名古屋。空袭时鲜红的天空深深烙印在我的童年记忆中。战后,粮食短缺,我们靠吃小龙虾和黑鱼等食物勉强维持生计。作为亲历名古屋空袭的人,我渴望世界和平。我将继续尽我所能促进新疆的国际合作。I was born in Nagoya in 1942. The bright red sky during the air raids is deeply etched in my childhood memories. After the war, we suffered from food shortages and barely survived by eating crayfish and black porgy. As someone who experienced the Nagoya air raids firsthand, I long for world peace. I will continue to do my best to promote international cooperation with Xinjiang.
身を切られなお花さかす桜かな
上野公園で五分咲き七分咲きを楽しんだ。老化?伸びすぎ?多くの枝が切られていた。それでも花を咲かせ人々を楽しませる桜。人間の都合に合わせられ泣いているようだ。ありがとう桜さん、合掌しパチリ。

日々グチを吐き出し、うろついているだけの小僧にも春が来た。今年も桜を楽しめた。感謝×反省×報恩・・・深呼吸し笑って笑って前進あるのみ。明日は聚楽園大仏さま拝しつつ「小島和尚を囲む会」観桜会、皆さんと楽しみま~す。本若ほんわか。
